レイトショー・1 映画を観る話
「このあと、映画、観に行かねえか」
アパート近くの定食屋で、頼んだ生姜焼き定食をぺろりと平らげた後、カイジはぽつりとそう呟いた。
「映画?」
同じように、鯖味噌定食を食べ終わってタバコを取り出そうとしていたアカギの手が、ぴたりと止まる。
そのまま、対面からじろじろと顔を見つめられ、カイジはややたじろいで身を引いた。
「なんだよ……オレの顔になんかついてるか?」
「……いや、」
不審げな顔をするカイジに、アカギはうすく笑って首を横に振る。
「カイジさんからデートのお誘いなんて、珍しいなって思って」
「でっ!」と短く叫んだあと、カイジはチラチラと周囲を窺いつつ声を潜めた。
「デートとか言うなアホっ……!! 福引きで当たったんだよ、無料のペアチケットっ……!!」
そう言って、真っ赤な顔のカイジがポケットから取り出したのは、赤い封筒だった。
熨斗紙が巻いてある。水引の上には『三等』の文字が、下にはカイジがいつも行くスーパーの店名が、それぞれ書かれていた。
「しかも、有効期限が今月末って、ふざけてるだろっ……!!」
恨めしげに文句を言うカイジを見ながら、アカギはタバコに火を点ける。
「すごいじゃない、三等なんて」
アカギは率直な感想を述べる。
実際、カイジの普段のツキのなさから考えると、この三等はなかなかすごいことなのだが、カイジは不満顔だ。
「二等の商品券三万円分か、四等のコシヒカリ五キロを狙ってたのにっ……!」
そう呟いて、悔しそうに歯噛みする。
ちなみに、一等は熱海の温泉旅行、二泊三日のペアチケットだったらしい。
「あらら……一等の方がよかったな。個人的には」
煙を吐きながらアカギが言うと、カイジはギロリとアカギを睨む。
「『よかったな』って……お前、なんでついてくる気満々なんだよ?」
刺々しい口調にも動じず、アカギは緩く口許を撓める。
「もし当たってたら、誘ってくれたでしょ?」
「……っ、」
低められた声で囁かれ、カイジは言葉を詰まらせる。
アカギは笑みを深め、
「……誘ってくれないの?」
さらに声を潜めるようにして言うと、カイジは「……知らねぇっ!」と乱暴に言って立ち上がった。
「それより、さっさと出るぞっ……! 今出れば、最終のレイトショーにギリギリ間に合うからなっ」
その言葉から察するに、どうやら、観る映画も勝手に決められているらしい。
アカギは映画になどさして興味はないから、どうだってよかったけれど、
「ほら、お前も急げっ……!」
赤くなった顔を誤魔化しきれていないカイジが怒ったように捲したてるので、まだ長いタバコを揉み消すと、促されるまま立ち上がった。
最寄り駅から電車に乗って、隣の駅で降りた。
駅の側にあるショッピングモールに併設されている映画館は、去年できたばかりでまだ新しく、カイジも存在は知っていたけれど、実際に来るのは初めてだった。
映画館より下のフロアは既に閉店間際ということもあり、人影も疎らだ。
ふたりきりしか乗っていないエレベーターで最上階へ向かう途中、カイジはアカギに話しかけた。
「映画なんて久しぶりだな……お前は?」
「オレも」
短くそう返事したアカギに、カイジは「えっ」と目を丸くする。
「っていうかお前……映画館で映画とか、観たことあんの?」
ものすごく驚いたような物言いに、アカギは眉間にちょっとだけ皺を寄せる。
「あんたなぁ……本当に、オレのことをいったいなんだと思ってるわけ?」
「い、いや〜……お前と映画って、あんまりイメージ結びつかねえからさ……」
乾いた笑いで取り繕ってから、カイジは場の空気を変えようと問いかける。
「で……いったい誰と観に来たんだよ?」
女か? などと興味津々の顔で訊かれ、アカギは余計に仏頂面になったが、やがて、ニヤリと笑った。
「教えない」
「えっ! なんだよ、それ……」
含み笑いを漏らしながら、横目で自分を見るアカギに、今度はカイジが顔を顰める。
「なんだよ、その意味深な笑い方……気になんだろーが……! なぁ、いったい誰と、」
「さぁね……ほら、もう着いたよ」
ふたりの声に被さるようにして、到着のチャイムが鳴る。
涼しい顔でさっさと降りて先を行くアカギの白い後頭部を、きつく睨むようにしながら、カイジもまたエレベーターを降りた。
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