プレゼント・1 しげるとカイジの年齢が逆転する話 ショタ受け注意





 十二月も二十日を過ぎると、街は途端に賑やかになる。
 こと今夜はすれ違うどの顔も、一段と浮かれているようにしげるの目には映った。



 クリスマス・イブ。
 カイジとの待ち合わせ場所である大きなツリーの前で、しげるは冷え切った手に息を吐きかけた。
 青、赤、黄。
 色とりどりの丸い電飾が規則正しく閃くツリーの周りには、しげると同じく人待ち顔の人々が、そわそわと辺りを見渡したり、携帯を確認したりしている。






 珍しく外で待ち合わせしようなんて言い出した、カイジの思惑は透けて見えている。

 十二月の初め頃だったか。会話の流れでクリスマスの話になった。
「実家では毎年、家族揃ってケーキを食べるのが決まりで、中学に上がった辺りから、それが嫌で嫌でしょうがなかった」と懐かしそうに話すカイジに、「クリスマスに、ケーキなんて食べたことない」となにげなくしげるが言うと、カイジはとてもびっくりしたような顔をしたのだ。
 その後、矢継ぎ早に繰り出されるカイジからの問いかけに、しげるが素直に答えているうち、カイジの目つきが徐々に同情するようなものに変わっていった。
 クリスマスに食べるケーキも、普段よりちょっとだけ豪華な夕食も、果てはプレゼントすら貰ったことがないと口にするしげるを、かわいそうだと思ったに違いない。
 しばらくの間、カイジは顔を曇らせていたが、ふと名案を思いついたかのように、その表情を明るくさせた。

「じゃあ、オレがなにかプレゼントしてやる。お前、今、なんか欲しいものあるか?」

 いきなりそう聞かれても、急には思いつかないし、しげるは元来、物欲に乏しいたちだったので、率直に「ない」と答えれば、肩透かしを食ったような顔で「そうか」と呟いたものの、カイジはそこで諦めた風もなく、真剣な顔でしばらくなにかを考え続けていた。







 そういう一連の流れがあってからの、この待ち合わせである。
 どんなに愚鈍な人間でも、カイジが企んでいることに気がつかないはずがないと、しげるはため息をついた。

 横断歩道を挟んだ道の向こう側には、百貨店の大きなビル。
 透明なガラスの回転ドアに、道行く人々が次々と、現在進行形で吸い込まれていくのを見れば、中の混雑具合は嫌でも想像がつく。

 あと数分もしないうちに、カイジはここへやってくるだろう。
 そうしたら、自分もあの扉の中に飛び込まなければいけないと思うと、ため息も出ようというものだ。
 人混みが大嫌いなしげるにとって、年末年始の百貨店ほど近寄りたくない場所はない。
 とりわけ今日は、ただ街を歩いていてさえ、人の多さに苛立つくらいなのだ。

 本当は、今すぐにでもこの場から立ち去りたい気持ちでいっぱいだった。
 だが、しげるはカイジに会っても、この本心を隠し通すつもりでいた。

 だって、『人混みが嫌だから帰りたい』なんて、そんなの、ガキの言うことだ。
 しげるは恋人であるカイジより八つも年下で、正真正銘、まだ十三歳のガキであることは揺るぎない事実なのだが、だからといってベタベタと甘やかされるのは、無性に腹が立つ。
 泣く子も黙る裏社会で、周りの大人たちから一目置かれ、対等もしくは目上として扱われるのが当たり前となっているからこそ、普段だらしない大人子供みたいなカイジにガキ扱いされるのは、しげるにとって非常に面白くないことなのだった。

 これがもし、相手がどうでもいい人間だったら、しげるも軽く受け流せただろう。
 カイジのことが好きで、多少なりと執着しているからこそ、普段はこだわらないこんな小さなことが、いちいち心に引っかかるのだ。



 だから今日は、たとえどんなに苛々しても、我慢してカイジに付き合ってやろうとしげるは心に決めていた。
 適当な店で適当に、手袋かマフラー辺りを「これがいい」って指さして、欲しくもないそれをプレゼントさせてやって、カイジを満足させて早々に帰路につこう。

 頭の中で、早くも帰るための算段を始めていると、後ろからぽんと肩を叩かれ、しげるは振り返る。
「よぉ。待たせたな」
 そこに立っていたカイジはそう言って、うっすらと笑みを浮かべてみせた。
 その表情に心なしか覇気がないことに気がついたしげるは、カイジの顔を下から覗き込むようにしてじっと見つめる。
「なっ……なんだよ……」
 会って早々にじろじろ見られ、カイジはたじろいだように二、三歩退く。
 だが、その目がうろうろと泳いでいるのを、しげるが見逃すはずがなかった。
「カイジさん……負けたんでしょ?」
 たっぷりと間を取りながら言ってやると、その言葉が胸に突き刺さったのか「うっ」と呻き声を上げ、カイジはそろそろとしげるを見た。
 それから、顔の前でぱちんと音がするほど勢いよく両手を合わせ、拝むような格好で深々と頭を下げる。
「……悪い!! 勝った金でお前に好きなもの、プレゼントしてやるつもりだったんだけどっ……!!」
 申し訳なさそうな顔で肩を落とすカイジに気づかれないよう、しげるはやや表情を緩ませた。

 カイジはしょげているようだが、しげるにとっては好都合だった。
 これで、人でごった返しているであろうあの百貨店に、入る必要はなくなったのだから。

 だが、そんな本音はおくびにも出さず、むしろしげるはカイジの失態を口実に、ちょっといじめてやろうと心中でほくそ笑んだ。
 あからさまにがっかりした顔を作り、深々とため息をついてやると、案の定、カイジはビクッとする。
「ごっ、ごめんな……しげる。今度ぜったい、埋め合わせするからっ……!!」
 この場に土下座せんばかりの勢いで謝り倒すカイジのつむじを見て、しげるは思わずちょっとだけ笑い、すぐに顔を引き締めて仏頂面を作りなおす。
「埋め合わせなら、今度、じゃなくて、今夜してよ」
 えっ、と言って顔を上げたカイジの、拝む形で合わせられた手を両手で包み込み、しげるはそこに息を吐きかける。
 端から見れば、弟が兄の手を温めてやっているような、微笑ましい光景に見えなくもない。
 だがしげるは微かに笑うと、カイジの指先を猫みたいにちろりと舐めた。
「……ッ!!」
 慌てて引っ込めようとするカイジの手を強引に引き寄せて握り、しげるはそのまま、カイジを引き摺るようにして歩き出す。
 さて、このあとどんな風に『埋め合わせ』してもらおうかと、さまざまに企みながら。


 しばらく、意味不明な呻き声を上げてしげるに引っ張られていたカイジも、やがて諦めたかのようにのろのろと足を進め出す。
「なぁ、頼むから、ちょっとは手加減してくれよっ……! オレ、明日もバイトだしっ……」
 情けない声で懇願しつつも、自分に非があるのだとわかっているためか逆らわずについてくるカイジに、
「さぁ、どうかな?」
 街中に溢れるクリスマスソングを口ずさむような軽い調子で、しげるは答えてやるのだった。





[*前へ][次へ#]
[戻る]