境目 いちゃいちゃ


「なくなってる」

 ぼそりと呟かれた言葉に、カイジが「なにが?」と問い返せば、アカギは剥き出しになっているカイジの二の腕を、人差し指で横になぞり、
「境目」
 と言った。

 さかいめ、と口の中で繰り返して、ようやくアカギがなんのことを言っているのか、カイジは理解した。
「この間、海、行ったんだ。バイト先の奴に、無理やり連れてかれて」
 以前アカギと会ったときにはあったはずの『境目』がなくなった理由を教えてやると、アカギはさして興味もなさそうに「ふうん」と答える。
「泳いだ?」
「あんまり……もともと乗り気じゃなかったし、一緒に行った奴もナンパばっかしてるし」
「それでも、こんなに焼けたんだ?」
「ずっと日向にいたからな。よく晴れて暑かったし」
 もう一度、ふうん、と言って、好奇心旺盛な猫のような瞳でアカギはカイジを見る。
「そのシャツの下も焼けてるんだ?」
「あぁ……まぁな」
 と答え、カイジは着ていたタンクトップを脱ぐ。
 布地に隠れていた部分も均一に、こんがりと日焼けしている肌を見て、アカギは、
「本当だ」
 と呟き、
「じゃあ、水着のとこだけ、白いままなんだ?」
 と問う。
「まぁ、そうだな」
 と答えつつ、カイジは履いているスウェットと下履きの、腰の部分をすこしだけ下げて、ちょうど腰骨の上辺りにある『境目』を、アカギに見せてやった。
「ほら」
「……本当だ」
 さっきと同じようにアカギは呟いたが、その声は笑いを含んで幾分低くなっていた。
 その声にカイジがはっとするより早く、アカギは手を伸ばしてそこにあるくっきりとした『境目』を、そろりと指で撫でた。
「っ……!!」
 カイジはびくりとして、慌てて体を退く。
 口端を上げてニヤリと笑い、アカギはカイジを見ていた。
「どうしたの、カイジさん」
 しらじらしい問いかけにアカギを睨めつけながらも、うまく誘導されてしまった自分を呪いつつ、カイジは際どいところまで下げたスウェットと下履きを上げ、乱暴にタンクトップを拾い、身につける。
 その様子に低く喉を鳴らし、アカギはビールをひとくち啜った。

「お前は相変わらず、生っ白いままだよな」
『生っ白い』という部分に些かの悪意を込めてカイジは言ったが、アカギはすこしも気にしていないように涼しい顔で、
「そんなことねぇよ。オレだって日焼けくらいするさ」
 と返事した。
「え……本当に? お前が?」
 血管が透けそうなほど白いアカギの腕をジロジロと見ながら、カイジは訝しげな顔をする。
「そんなに疑うなら、確かめてみなよ」
 そう言って、アカギは着ている半袖シャツの袖をたくし上げてみせる。
「ん……どこだ?」
「うっすらとだから、遠目じゃわからないかも」
 カイジは眉間に皺を寄せ、アカギに近寄った。
 だが至近距離で見ても、アカギの腕に『境目』はなく、どこまでも同じ色の、白い肌だった。
「わからねぇ……本当に焼けたのかよ?」
 アカギの腕を取り、真剣になって『境目』を見つけ出そうとしているカイジを間近で見て、アカギはふふっと笑いを漏らす。
 その声に不審げな顔を上げたカイジは、そこで自分がものすごくアカギの近くにいることにようやく気づいて、あっと声を上げた。
「嘘、だよ」
 愉快そうにアカギはそう言って、カイジが離れようとするより早く、その体を抱き込んでしまう。
 またまんまとアカギの思惑通り、同じ轍を踏んでしまったカイジは、赤くなった顔で学習しない自分に地団太踏みたくなったが、
「あんたのこういう単純なとこ、嫌いじゃないぜ」
 アカギは上機嫌にそう言って、カイジの腰に回した腕をスウェットに忍ばせ、さっき触れた『境目』をもう一度、やさしく指で、なぞった。






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