態度で示そうよ(※18禁)・1 カイジが女々しい話


「お前、誰だ?」

 ノックを三回、扉が開くなりそう言われて、アカギは細い眉を上げた。
 部屋を間違えたかな、と思って扉を確認したが、なんど見ても見間違いではない。
 ここは紛いもない、カイジの部屋である。
 細く開いた扉の隙間から、睨みつけてくる三白眼にも見覚えがあった。

「……」
 いったい、なにが起こったのだろう。
 カイジの部屋を最後に訪れたのは、約一年前。
 その一年の間に、カイジが自分のことを忘れてしまったとでも言うのだろうか?

 アカギはしばし、考える。
 ……が、すぐに面倒くさくなり、早々に考えるのを放棄した。

「それじゃ、また……」
 そう言って踵を返し、その場を立ち去ろうとするアカギを、
「待てコラ! このアホ!!」
 ドアを開け放ったカイジが服の裾を掴み、引き止めた。
 アカギは足を止め、ため息をつく。
「カイジさん……オレの名前は生憎、『コラ』でも『アホ』でもないんだけど」
「んなこたわかってんだよ!! 憐れむような目で見てんじゃねえっ……!!」
 怒らせた肩で息をしながら、カイジはキッとアカギを睨めつける。
「……とりあえず、入れ。言いたいことが山ほどある」
 親の敵を見るような目で見られ、アカギは素直にカイジに従うことにした。




「お前、オレのこと忘れてただろっ……」

 居間で向かい合って座り、不機嫌そうな顔のカイジにそう言われ、アカギはまたも眉を上げる。
「なにいってるの、カイジさん。オレのこと忘れちまったのは、あんたの方でしょ」
 先ほどの応対を思い出しながら言うと、カイジは「違うっ……!!」とアカギを遮る。
「あれはなんつうか、ただの演技っ……!! お前への当てつけっ……!! つーか、わかってただろっ、マジじゃねえってことくらいっ……!!」
「それは、わかってたけど」
 しれっとそう答え、アカギはゆっくりとした瞬きをひとつ、する。
「……で? 当てつけって、なんに対する当てつけ? あんたはなんで、そんなに怒ってるわけ?」
 出会い頭に意味不明な嘘をつかれたことの意味が、アカギには本気でわからなかった。
 だからそう訊くと、カイジはさっと怒りに顔を赤くして眦を吊り上げる。
「だからっ……!! お前がオレを忘れてたことに対してだよっ……!!」
 アカギはまたひとつ、瞬きをして、軽く眉を寄せる。
「だから……忘れてないって。だいたい、忘れてたら、会いになんて、」
 アカギの台詞を遮り、カイジは思い切ったように吐き出す。
「いっ……、一年も、ここに寄りつきすらしなかった癖にっ……?」
 すこしどもりながら、早口でそう言い捨てたカイジに、アカギは口を噤む。
 言ってしまった、と後悔するような顔で唇を甘く噛み、カイジはしばらく視線をうろつかせていたが、やがて心を決めたように、顔を上げてアカギを見る。
「一年だぞ、一年っ……!! 一ヶ月とか半年とかいうのと、訳が違うだろっ……! 一年の間、連絡のひとつも寄越さねぇで……!」
 そこで大きく息を吸い、カイジは思いの丈をさらにぶちまける。
「こっちの身にもなってみろっ、どっかで野垂れ死んでんじゃねえかとか、お前に限ってそんなことあるはずないってわかってても、不安になってくるんだよっ、一年も連絡がねぇと……! お前はオレのこと、忘れちまったんじゃねえかとか……そ、そんな馬鹿馬鹿しいこと、冗談じゃなくて、本気で考えちまうんだよっ……!!」
 言っていて恥ずかしくなってきたのか、カイジの声がだんだんちいさくなってくる。
「くっそ……笑いたきゃ笑えよっ……!! 女々しいこと言ってんなって、わかってんだよ、オレだって……!」
 忌々しげに頭を掻きむしり、独りよがりに自虐するカイジを、とりあえず落ち着かせようと、アカギは静かに声をかけてみる。
「……忘れてねえよ。あんたのこと」
 しかし、それは逆効果だったのか、またしてもカイジはアカギを射るような目で睨みつける。
 羞恥のためか、あるいはべつの理由によるものか、その目にはうっすら透明な膜が張っていた。
「……一年も音沙汰無しで放っとかれたんじゃ、忘れられたのと変わんねえんだよ……クソが……」
 ぽつりとそう呟き、カイジはそっぽを向いてしまった。

 要するに、拗ねさせてしまったのだ。
 アカギは軽くため息をつく。
 カイジは自分の習性をよく理解してくれているし、今までは長いこと会わなくたって連絡しなくたって、ここまで臍を曲げたことはなかった。
 だからといって、仮にも恋人であるカイジを、一年放置はさすがにマズかったのだろうか?
 ……つまり、カイジがキレるか許すかのボーダーラインは、半年以上一年未満ということなのだろうか。

 この状況でそんな、どうでもいいようなことを考えてしまうアカギだが、本人は至って真剣なのである。
 ただ、世間一般の感覚からズレまくっているアカギには、本当にわからないのだ、カイジの怒る気持ちが。
 立場が逆だったら自分はどう思うだろう、と想像してみたが、大して怒りは湧かなかった。
 それは、アカギが恋人に全幅の信頼を寄せているということの証でもあるのだが、仮にカイジが自分を忘れても、まあ、カイジがそれでいいならべつに構わないとも思っていた。

 ただし、それをカイジにありのまま伝えようものなら、さらに状況が悪化することくらいは、さすがのアカギにもわかったので、そんなことは黙っておいて、さてどうすべきかとアカギは考える。
 ……が、考えた結果、さして目覚ましい方策は見つからなかったので、ストレートにいくことにした。



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