蛇足
ポケットを探る指先に、なにかが当たった。
薄っぺらい紙のようなもの。レシートかなにかかと思ったが、それにしては硬く、つるつるしている。
中のものを取り出してみて、しげるは思わず動きを止めた。
六分割された小さな窓。その中に押し込められている、昔の自分とひとりの男。
いつ撮ったものだったろう。ポケットに入れたまま、すっかり存在を忘れていた。
しげるは目を眇める。
まったくの偶然で思いがけない顔を見たせいで、脳が微かに、ぶれるような感覚を覚えた。
数年ぶりに見ても、相変わらず不細工で、おかしな写真だった。
でもそれでいて、狭い枠の中にいるふたりの、心安い関係性が窺える一枚だった。
最近、会いに行ってないなと、写真を見ながらしげるは思う。
最後に会ったときは確か、確かまだ、このスラックスを履いていた。
それから一年ほどが経ち、すっかり短くなってしまったそれを捨てようとして、ふとポケットを探り、この写真を見つけたのだ。
呼ばれたかな。
そう、しげるは思った。
そもそも、しげるは服でも鞄でもなんでも、自分のものを処分するときに、わざわざポケットをあらためたりしない。
捨ててしまって困るものなど、なにひとつないからだ。
それなのに今回だけは、捨てる間際に、なぜかこのスラックスのポケットを探ってしまった。
そして、この写真を見つけたのだ。
それがまるで、会わなくなって久しいその男が、自分を呼んでいるかのように、しげるには感じられたのである。
写真の中の男は、怒ったような驚いたような、妙な顔をしている。
それがなんとなく、『たまには顔くらい見せろ』と言っているように見えて、しげるはちょっとだけ目を細めた。
呼ばれちまったからには、仕方がない。
拝みに行ってやるか、この間抜け面を。
しげるはふっとちいさく笑い、まだ買ったばかりの新しいスラックスのポケットに、写真をねじ込んだ。
終
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