傲慢 学パロ いちゃいちゃ


 下駄箱に上履きを無造作に突っ込み、外履きを取り出したところで、カイジはアカギの動きが止まっていることに気がついた。
 アカギは表情の読み取りにくい顔で、蓋を開けた自分の下駄箱を見つめている。
「どうした?」と言いながら、カイジは身を乗り出して自分の一個上の下駄箱をひょいと覗き込む。
 それから、「あ」と短く声を上げ、申し訳なさそうな顔になってそこから離れた。
「なに……? その反応」
 すこし、むっとしたようなアカギの声に、カイジはモジモジしながら答える。
「だってよ……。そういうのって普通、あんまり他のヤツに見られたくねぇモンだろ……?」
 踵の潰れた外履きを床に下ろしながら、カイジはチラチラアカギの方を窺っている。
「そうなの? よくわかんないけど……オレはべつに、構わねぇ。あんたに見られようが見られまいが、こんなもの、どうだっていい」
 言いながら、アカギは下駄箱に入れられていた茶色い箱を取り出し、碌に改めもしないまま手に提げている鞄に突っ込んだ。
「あっ! お前っ……」
 せっかく貰ったものをあまつさえ『こんなもの』呼ばわりし、贈り主を確かめもせず乱雑に仕舞いこんでしまったアカギに、カイジは目を吊り上げる。
 アカギはそんなカイジなど無視して、淡々と靴を入れ替えていた。
「お前なぁ、せっかくの贈り物なんだから、もっと大事に扱えよっ……!」
 バレンタインデーであるこの日にチョコを贈られるということが、いったいどういうことを意味するのか、いかな悪漢だって知らないわけではないだろう。
 チラリと垣間見た四角い箱には、カイジでも知っているような有名な高級チョコレートブランドのロゴが印字されていて、それだけでも贈り主の本気度が窺い知れる。
 だから、人の善いカイジは名前も顔もわからないその女子のためにアカギを嗜めたわけだが、外履きを取り出しているアカギに横目で冷たい視線を送られ、思わず言葉をヒュッと飲み込んだ。

「なんで、あんたがそんなこと言うわけ……?」

 低い声がしんとした空気を震わせ、カイジはビクリとする。
(お、怒ってる……?)
 外履きを大きな音をたてて床に放る、その仕草にも苛立ちがはっきり感じ取れる。

 カイジは辟易した。
 アカギが怒っている理由は明白だ。チョコレートの贈り主は、カイジにとって恋敵も同然であるはずなのに、『もっと大事に扱え』だなんて言ってしまったからだ。
 仮にもふたりはつき合っているのだから、カイジのその反応は、アカギにとって面白いものではなかったのだろう。
 
 つき合ってみてカイジには初めてわかったことだが、アカギは結構、こういうちょっとしたことで機嫌を損ねるところがある。
 全校生徒はもちろん、一部の教師からでさえ恐れられている不良であるからこそ、こんな風な一面を見ると妙に年下らしくてかわいく思えるし、おそらく自分だけがアカギのこういう顔を見ることができるのだと思うと、密かな優越感もある。
 だがその一方で、ここからフォローを入れるのがなかなか骨の折れる作業なのだ。
 カイジはアカギに聞こえぬよう、軽くため息をついた。

「アカギ」
 とりあえず名前を呼ぶと、鋭い両の目がカイジの方に向けられる。
「えー……っと、だな……」
 カイジは目線をうろつかせながら、自分がなにを言うべきか考えた。

 アカギの機嫌を直すには、ただ謝るだけではダメなのだ。
 アカギの意に沿う形での、気の利いた言葉が要求される。
 難しいようだが、アカギとのつき合いを重ねる中で学習したカイジは、自然とその答えに行き着くことができる才を身につけていた。

 今も、思いつくことがないわけじゃない。
 けれど、いざそれを口にするとなると、ちょっと……いや、かなりの抵抗があって、カイジは口をもごもごさせたまま黙っている。

 そんなカイジに、アカギは目を眇めた。
「なに? ……言うことないなら、オレもう行くけど」
 そう言って、さっさと外履きに履き替えてしまうアカギに急かされ、カイジは慌てて口火を切った。
「っ、同情したんだよっ……!!」
 ちいさく叫ぶ声に、アカギは動きを止める。
 怜悧な眼差しが再び自分を振り返ったのを確認してから、カイジは不本意そうに、ぽつりぽつりと話し出す。
「だって、その……チョコレートくれた子は、どうせ片想いじゃねぇか。この先も、ずっと……。
 だからせめて、丁寧に扱ってやらなきゃ可哀想だって……」
 赤い顔でうつむきながら、カイジはたどたどしく言葉を紡ぐ。
(なんでオレが、こんな恥ずかしいこと言わなきゃなんねぇんだっ……!!)
 と、心の中で悶えながら。

 精神力をゴリゴリ削りながら吐かれたカイジの言葉を聞き、アカギの口角がゆっくりと吊り上がっていく。
「『どうせ片想い』ね……。傲慢だな、カイジさんは」
「っ、な……!!」
 クスクスと笑われ、赤い顔をさらに赤らめて目を剥くカイジだったが、アカギが外履きのまま簀の子の上に上がり、冷たい掌で頬に触れてきたので、思わず息を飲んだ。
「ちょ、アカ……」
 そのまま、下駄箱に体を押しつけるようにして唇を重ねられ、カイジは大きく目を見開く。
 いくら人気が無いとはいえ、こんな人の出入りの激しい場所で、誰に見られてもおかしくないのに、こんな、こんなこと。

 パニックに陥り、泡を食ったように暴れるカイジの隙を突き、口内にぬるりと舌まで潜り込んでくる。
(あ、バカ、舌なんか、入れたら、)
 くちゅ……と音をたてながら、いやらしく吸い、弄ばれて、カイジの体から徐々に力が抜けていく。

 意識の飛んでしまいそうな口吻の快楽に、抵抗する気力を奪われてしまったカイジは、とろんと潤んだ眼差しで、目の前のうすい瞼と、そこから伸びる短い睫毛をぼんやり眺めていた。







 口付けを解き、カイジの濡れた表情と唇を眺めながら、アカギはうっそりと笑って囁く。
「欲しいな……あんたからのチョコレート」
 思いがけない言葉に、涙目で息を整えつつ、カイジはすこしだけ首を傾げる。
「どうして? 甘いもの、嫌いなんだろ……?」
「うん……でも、あんたのなら、欲しい」
 子供みたいに素直な口調でねだりながら、アカギは軽く目を伏せてカイジの唇に吸いつく。

 カイジの心に、アカギへチョコを送った女子への罪悪感と、それを上回る高揚感が過ぎる。
 白い瞼の下にある両の目が、自分以外の人間など見ていないってことを知っているから。

 アカギの言うとおり、自分はとんでもなく傲慢で嫌なヤツなのかもしれないとカイジは思ったが、返答を促すようになんども口を吸われれば、それさえも意識の彼方へ霞んでいく。
「わかった、考えとく……っから、もう、んんっ」
 辺りを気にしながら、迫る体を押し返そうとしたカイジの努力虚しく、ふたたび深く舌を差し込まれる。

 ああ、なんて面倒なヤツ。

 そう、頭の隅で罵りつつも、カイジはそんな面倒な恋人との口付けに翻弄され、あっけなく流されていく。



 やがて力の入らなくなった二本の腕が、アカギの背にそっと回される頃には、間延びしたのどかなチャイムの音も、ふたりの耳にはまるで届いていなかった。






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