なかったことに・1 Cから始まるふたりの話 甘味はない


 ーー異様に目を引く奴だな。

 それがカイジの、アカギに対する第一印象だった。

 見た目の若さにそぐわぬ髪の色のせいか、はたまた猛禽類のように鋭い眼光のせいなのかはわからないが、一目見たらもう一生忘れられないのではと思うほど、くっきりとした印象の男。
 それが、アカギに出会ったカイジが、いちばん初めに抱いた感想だった。

 その男の博打は見た目に違わず、いや、見た目など遥かに超えて強烈だった。
 才気と運気、それに狂気が振り切れている。
 常人の感覚では計り知れない。人間の器ではおさまりきらない、神がかった、あるいは悪魔じみた打ち筋。

 敵に回せば、これだけ恐ろしい輩もいないだろう。
 だがその男は、ひとたび鉄火場の外に出ると、意外に礼儀正しく、話も通じる奴だった。

 アカギはカイジが年上だと知ると、きちんと丁寧語を話した。
 歯に衣着せぬ不躾な物言いだってするし、こうと決めたら絶対に譲らない場面もあるものの、頑固すぎるというほどではなく、ある程度融通もきいた。
 なによりその生き方や言動には、破茶滅茶なようでいて実はきちんと筋が通っている。それは博打の打ち筋にも通ずるところがあって、カイジはいつも、妙に感心させられるのだった。

 雀荘で偶然出会っただけの赤の他人なのに、その打ち方の鮮やかさに興奮して話しかけずにはいられなかったカイジを、アカギは適当にいなすこともなく、うざったそうな素振りすら見せず、丁寧に応対した。
 後々になってからその時のことを尋ねると、アカギはどうやら自分が打つ前にべつの卓でカイジが打っていたのを見ていたらしく、それでカイジに興味を抱いていたのだという。
 それを聞いたカイジは、単純に嬉しく思った。その時の麻雀はさしてめざましい結果でもなく、いったいなにが男の琴線に触れたのかはさっぱりだったが、凡人では理解できぬようななにかが自分のなかに資質として眠っているのだと思えて、心が明るくなった。

 そんなわけだから、ふたりが一緒に呑みにいくような仲に進展するまでに、さして時間はかからなかった。
 別段、話が合うという訳でもなく、むしろふたりでいると沈黙が続くことの方が多いのだが、もともと口下手なカイジにとっては都合がよかったし、沈黙をまったく苦にしないアカギの前では、ひとりのときと同じくらい、無理せず自然体でいることができたのだ。

 それでも、そう頻繁に会うわけでもなく、気が向いたときに外で呑むくらいの仲なので、カイジは、アカギのことを『気安い知人』程度に思っていた。
 友人、ですらない。そう呼べるほど、カイジはアカギのことをことを知らないし、アカギもカイジのことについて根掘り葉掘り聞き出したりはしなかった。

 気安い知人。
 たった、それだけの間柄……

 の、はずだったのだ。その日が来るまでは。





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