白昼堂々 過去拍手お礼



 日曜の午後、街行く人々の流れから外れた場所で、カイジはぼんやりと突っ立っていた。
 目線をすこし上げれば、街頭テレビの中で、気象予報士が『今日は今年いちばんの冷え込みとなるでしょう』と伝えている。
 確かに、今日は朝からやたら寒いと思っていたが、そうやって言葉で聞かされると尚更、体感温度が下がる気がする。
 見計らったように吹きつけてくる北風に、ぶるりと震えため息をつく。その息すらうっすらと白みながら空気に溶けていくのを見て、もっと厚着してくるべきだったと後悔しながら、革ジャンのポケットに手を突っ込んだ。


(あの娘、かわいいよな)

 大きな画面の中で明るく喋る気象予報士は、最近、朝のニュースに出始めた新人だ。
 小柄で、目が大きくて、仔犬みたいに愛嬌のあるその姿を見ていると、こころなしか寒さが鈍る気がして、カイジの眉尻が自然と下がる。



 だらしなく緩んだ顔でテレビを眺めているカイジに、背後からひっそりと近づく人影があった。

「動くな」

 他人には聞こえないよう、低く抑えられた声とともに、後ろからなにかを腰に押し充てられ、カイジは目を見開いた。

「ねえ、お兄さん。女に鼻の下伸ばしてないでさ、オレと一緒に遊んでよ」

 ゴリゴリと腰骨になにかを擦りつけながら、囁く声は聞き馴染みのあるテノール。
 カイジはふっと息をつき、振り返らないまま答える。

「……白昼堂々、脅迫かよ」
「口の利き方には気をつけなよ。……あんたの背中には今、黒くて硬いモンが当たってんだぜ?」

 愉快そうに弾む声に、カイジは口をへの字に曲げる。

「……ガキにはまだ早ぇだろ、そんなもん」
「そう? オレは結構、好きなんだけどな。『コレ』」

 ぐっ、と一際強くそれを押し当て、その声は妖しく告げる。

「オレと遊んでくれたら、舐めさせてやってもいいよ……あんたもコレ、好きでしょう?」

 クスクスと笑われて、カイジは渋い顔をする。

「苦いのは、あんまり好きじゃねえんだけど……」
「ふふ、子供だな……。大丈夫、そこまで苦くないはずだから」

 カイジは首を横に振ると、両手を上に持ち上げる。

「……わかったよ。お前と遊んでやる」

 そのまま体ごと振り返れば、そこに立っていた白髪の少年がニヤリと笑った。

「……お前な、普通に声かけてこいよ。しかも、遅刻したくせに、謝罪のひとつもねえし」

 呆れ顔でぶつくさ言うカイジに、少年はさっきまでカイジの腰に押し当てていたものを投げて寄越す。

「っと……! あっちぃ……!!」

 慌てて両手を差し出し、カイジはそれを受け取った。

「遅刻した詫びだよ」

 手の中の、黒くて硬くて苦いものを握り締め、カイジは踵を返す少年を睨む。

「お前なぁ……三十分の遅刻が、たったの缶コーヒー一本で許されると思うなよ?」

 苦虫を噛みつぶしたような顔で、『微糖』と書かれたその缶のプルトップを上げるカイジを振り返り、少年は愉しそうに笑った。


「さぁ、今日はなにして遊ぼうか?」








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