窮犬虎を噛め(※18禁) 変態っぽい話 カイジが乙女
赤木しげるは、意地悪である。
「赤木さん! お久しぶり、ようこそお越し下さいました」
光沢のある白っぽい袷を着た女が、艶やかに紅い口許を綻ばせて赤木に駆け寄った。
「よぉ、世話になるぜ」
赤木がそう、声をかけると、女はパッチリとした猫のような目で赤木を軽く睨む。
「『また来るぜ』なんて、口ばっかりなんだもの。赤木さんだったら、うちはいつでも大歓迎なのに、こんな時くらいしか来て下さらないんだから」
怒ったように軽く頬を膨らませる表情も、華やかで愛嬌づいている。
それから、赤木の後ろに隠れるようにして立っている、黒いスーツ姿の男に目を向けた。
「そちらの方は……お連れさま?」
びくりと肩を揺らす若い男を振り返りながら、赤木は「ああ」と目許を和らげる。
「伊藤開司ってんだ。オレが打つのをどうしても見たいって言うから、連れてきた……おい、そんなに緊張するなって」
そう言われても、こんなーー料亭なんて場所に慣れているはずもないのだから、緊張するなという方が無理だ。
借りてきた猫のような状態でうつむいているカイジに微笑みかけ、女は赤木に向かってちいさく囁いた。
「かわいい子ね」
赤木にだけ聞こえるように耳打ちされたはずのその言葉は、しかしカイジの耳にも届いていた。
みるみるうちに、カイジは傷のある頬を赤く染め上げ、それを赤木にも女にも悟られないようにより深くうつむいてしまう。
その後、赤木と女がひとことふたことやりとりしている間に、厳つい黒服の男たちが店から出てきて、赤木に頭を下げた。
「赤木さん、お待ちしておりました。控えの部屋へお連れいたします」
赤木は軽く頷いて、後ろのカイジに視線を送る。
カイジは赤木の方を見ないまま、顎を引いてごく微かに頷いてみせた。
黒服に案内されて通された控え室には、すでに軽い食事の用意がふたりぶん整えられていた。
「準備が整い次第、お呼びいたします」
そう言って、黒服は襖を閉める。
遠ざかっていく足音を聞きながら、赤木とカイジはしんとした部屋にふたりきりになった。
正座した膝の上に手を置き、背中を丸くして、カイジは黙ったまま机の上の料理に目線を落としていたが、やがて沈黙に堪えかねて口を開いた。
「綺麗な人でしたね……さっきの、」
ぼそぼそと呟かれた言葉に、タバコを取り出そうとしていた赤木の手が止まる。
しまった、こんなこと言うつもりじゃなかったのに。
カイジは緩く唇を噛む。
赤木はふっと笑い、タバコを一本抜き取って咥える。
「おいおい……妬けるじゃねえか。俺以外の奴に目移りか?」
「っ……!」
カイジは弾かれたように顔を上げる。
違う。違います。
オレは、赤木さんがあの女の人と親しげにしてたのが、気になって……
しかし、そんなみっともない詮索など、間違っても口にすることなどできるはずがない。
続く言葉を紡げず、声もなくただ口をぱくぱくさせるカイジに、赤木はタバコの先に火を点けながら言う。
「顔、真っ赤にしてたもんな、お前さん」
深く煙を吸い込んで吐き出しながら、赤木はくっくっと可笑しそうに笑う。
カイジは呆然とした。
赤木はカイジのあの反応を、女に対して照れているとか、恥ずかしがっているのだと受け取ったらしい。
だが、真実はそうではなかった。
『かわいい子ね』
女にそう言われたとき、カイジが頬を染めたのは、明確な怒りによるものだったのだ。
見下されている。侮られている。お前ごときが赤木さんの隣に立つなんてと、はっきり言われたような気がしたからだ。
それはカイジの思い込み、被害妄想なのかもしれないが、カイジは女が赤木に向ける視線の甘だるいような重さを、ずっと感じていた。
自分も赤木に好意を寄せているからこそ、カイジにはわかってしまうのだ。相手が本気で赤木を好いているかどうか。
女の目には、自分もきっと同じように映っていたのだろうとカイジは思う。
あの言葉もきっと、不興を買うと知りつつ、わざとカイジに聞こえるように囁かれたものだったのだ。
そういう女の心が透けて見えたからこそ、カイジは顔に朱が射すほど怒ったのに、赤木はそれに気がついていない。
ただ、あの女の美しさにのぼせただけだと思っている。
「違い……ます……」
堪えきれなくなって、カイジは呟く。
蚊の鳴くような声に、赤木は灰を落としながら、ゆっくりと目を瞬いた。
「ん? どうした、カイジ?」
こころもち首を傾げるようにして、やさしく問い質す声。
だが、カイジにはやはり、真実の気持ちを伝えることができない。口を開いても、言葉は喉で凍りつくばかりだ。
苦しくなって、カイジは赤木の目をちらりと見る。
赤木はうすく笑んではいるが、カイジに注ぐ眼差しはまっすぐだった。
見通せないほど深いその瞳の色を眺めているうち、カイジはひょっとすると、赤木はカイジの気持ちなどすべて見透かしているのではないかと思い始めた。
カイジが女に抱いた、浅ましい嫉妬心や憤り。そんな浅薄な心など、神域の男には手に取るようにわかってしまうのではないか。
考えれば考えるほど、その可能性は現実味を帯びてくるような気がした。
赤木はすべて承知の上で、なにも知らないふりをして、カイジの口から真実を聞き出そうとしているのかもしれない。
赤木には、そういうところがあった。
匂わすだけでは許されない。はっきりとカイジ自身の口から、思うこと、欲しいもの、なんでも言わせようとする。
口にするのを躊躇ってしまうようなことほど、うまくカイジを追い詰めて吐き出させようとする。言葉そのものよりも、カイジの心の動き、振り子のように揺れついには陥落するそのさまを、愉しんでいるように見えた。
赤木さんは、意地が悪い。
何百回、何千回と思わされてきたことを、カイジはまた思う。
赤木は相変わらず、本音を促すような視線を送ってくるが、カイジはそれきり口を閉ざし、ぶすっとした顔でふたたびうつむいてしまった。
貝のようにかたくなってしまったカイジに、赤木は軽くため息をつき、頬を掻く。
「ま……いいか。そんなことより、カイジよ……」
赤木は話題を切り換え、声のトーンをやや落とす。
カイジの目が、再度自分を見たのを確認してから、赤木は続ける。
「……お前、いくらなんでもタダ見ってのはよくねぇんじゃねえか?」
「……は?」
大きな目でぽかんと瞬くカイジに、赤木は悠々と笑う。
「お前がひさびさに俺の麻雀を見たいって言うから連れてきてやったのに、お前からはなんの見返りもねえ。それはちょっと……礼儀がなってないんじゃねえのか?」
「! ……だ、だって、」
冷たくぴしゃりと言い放たれ、カイジはしどろもどろになる。
今まで、見返りなんてそんなこと、いちども言われたことなかったのに、どうして急に。
だが、赤木の目の奥はちっとも笑っていないので、カイジは唾とともに言葉を飲み込むしかない。
赤木の意図するところがわからず、混乱しきりのカイジを、赤木は静かに見つめ、口を開く。
「カイジ……こっちへ来い」
カイジはびくりと肩を揺らす。
抑えられた低い声。赤木がこういう声で自分を呼ぶときは、その後の展開がもう決まっているのだ。
急転直下、思いも寄らない事態に、カイジは信じられない思いで赤木を見る。
泣きそうになりながら許しを請うような視線を送るが、もちろんそんなもの赤木が斟酌するはずもない。
「カイジ」
底知れぬ色を宿す双眸にひたと顔を見据えられたまま、もういちど名前を呼ばれると、カイジはなすすべもなく、赤木に近寄るため立ちあがるしかなかった。
「っく……ん、んくっ……」
静かな部屋に響くのは、わずかな衣擦れの音と、苦しげに抑えられた呻き声。
足の間に蹲り、必死な顔で自分のモノに奉仕するカイジを、赤木はタバコをふかしながら見下ろしていた。
こんな場所でこんなことをさせられ、カイジは軽いパニック状態に陥りながらも、一刻も早く赤木を満足させてこの状況から解放されようと懸命になっている。
両手で持ち上げた幹の裏筋を舐め上げ、雁首をすっぽりと包み込んでまるで飴玉でもしゃぶるかのように愛撫する。
いつもより動きが大胆かつ丁寧なのは、早く終わらせてしまいたいがためだろう。
カッチリとしたスーツ姿で、髪を乱しつつ男のモノを頬張る淫らな姿に、赤木は口端を吊り上げる。
「ほら……頑張れ。コレがお前の中に入るんだから、しっかり濡らしておくんだぞ」
赤木の言葉にカイジは目を見開き、口からずるりと男根を引き抜いて「……え?」と漏らした。
愕然とするカイジの、唾液に濡れた唇を指でなぞりながら、赤木は滔々と諭すように言う。
「なにびっくりしてんだよ。当たり前じゃねえか……見返りってのは、ある程度相手が満足できるものじゃないとなんの意味もねえ。それくらい、お前にだってわかるだろ?」
カイジはぐっと唇を噛んだが、赤木に逆らえるはずもない。
悔しそうに目を伏せて、ふたたび太いモノに唇を落とすカイジに、さらに声がかけられた。
「ちゃんと自分で解せよ。辛くなっても知らねえぞ」
ひくりと肩を引きつらせ、カイジはおずおずと赤木を見上げる。
そして、赤木の表情が変わらないのを見て取ると、見放されたように頼りない顔つきになった。
唇で亀頭を持ち上げて咥え直しつつ、そろそろと自らのベルトに伸ばされていくカイジの手を見て、赤木は目を細める。
赤木自身を愛撫しながら、カイジはぎこちない動作でスーツのパンツを脱ごうとする。
もたもたと手間取っているせいで、口淫がおろそかになったが、赤木は黙って待った。
長い時間をかけてようやくスーツと下履きを取り去ると、肌に直接触れる冷たい外気にカイジは身震いする。
ようやく空いた左手で、自分の唾液と赤木の先走りをたっぷりと指で絡め取ると、その手を自分の後ろへと伸ばした。
「んっ、んっ……ぁふ、」
フェラチオの濡れた水音に、くちゅくちゅと粘膜を掻き回すちいさな音が重なる。
目に涙を溜めて男のモノに性感を加えながら、悩ましげに眉を寄せて自らの後ろを解す。
その被虐的な様子に赤木は表情を緩め、黒い頭をそっと撫でてやる。
すると、潤んだ三白眼が縋るように赤木を見上げてくる。
この無理な体勢では、奥まで指が届かないのだろう。
もどかしげにもぞもぞと揺れる、剥き出しの腰に触れると、赤木の手の冷たさにカイジが身を竦ませ、それに呼応して喉の奥がキュッと締まる。
それが亀頭を心地よく刺激して、赤木は軽く息をつくと、カイジの口から大きく育った男根をずるりと引き抜いた。
「っ、はぁ……」
半開きの口から赤い舌を覗かせ、とろんとした表情で赤黒い陰茎を見つめるカイジの顎を掬い上げ、赤木はやさしげに言う。
「そろそろ……いいな? カイジ……」
問いかけの形をとってはいるが、それは有無を言わさぬ命令だった。
カイジは力なく目を閉じ、こくりとひとつ、頷く他なかった。
「あっ……はぁ……ッ」
仰向けに寝転がった赤木の腰の上、スーツの上だけを相変わらずキッチリと着込んだまま、カイジはその尻に赤木のモノを自ら受け入れていく。
声を漏らすまいと歯を食いしばって堪えながら、解しの足りない後孔に、無理やりねじ込むようにして挿入する。
赤木からの協力などもちろんなく、新しく火を点けたタバコをゆったりとふかしながら、ただカイジの痴態を見上げているだけだ。
「っぐ……くぅ、んんっ……」
カイジは苦痛に眉を寄せつつも、どうにかこうにか太い肉棒を根本まで収め、赤木の腹に手を突いてぜえぜえと肩で息をする。
禁欲的にも見える黒いスーツ姿で、下だけ素っ裸になって自ら男根を銜え込み、ピリピリと引き攣るような痛みに頬を染めて苦しそうに喘ぐカイジ。
異常な状況だというのに、白いシャツの裾から見え隠れするカイジ自身はわずかに鎌首を擡げ始めている。
「クク……絶景だな……」
赤木がニヤリと笑ってそう言うと、カイジは痛みに澱んだ目で赤木を睨めつける。
赤木は笑みを深め、床に下ろした灰皿を引き寄せつつ言った。
「ほら……早く終わらせねえと、いつ誰が入ってくるかわからねぇぞ?」
腰をするりと撫で上げられ、カイジはため息を漏らしたあと、恨めしそうに赤木を睨みながら、ゆっくりと動き始めた。
「んっ……んっ、ふぅ、っ……」
粘着質な音をたてながら、カイジは一心不乱に腰を揺する。
赤木の腹に着いた手で体を支えながら、ギリギリまで抜いて腰を落とすという激しい動きを繰り返す。
赤木が騎乗位を好むせいで、カイジは自分で動くことに慣れ、今では赤木と一緒に自分もきもちよくなる術もちゃんと身につけていた。
しかし、心の方は、なんど体を重ねても一向に慣れる気配を見せず、
「うまくなったな、カイジ……」
そう労う赤木の、笑みに細まった目で見つめられるのが恥ずかしくていたたまれず、逃げ出したくて仕方がないのだった。
「あっ、ぁくっ、あっ……」
徐々に火が点き、跳ねるように動いて性感を高めていくカイジだが、廊下から誰かの足音がするたび、はっと怯えたように動きを止めてしまう。
外の音に絶えずビクビクと気を取られている様子が面白くなくて、赤木はカイジにやわらかく声をかけた。
「なぁ……カイジよ。俺のはどんな具合だ?」
「……え……? っあ……」
きょとんとするカイジを下から軽く一突きしてやると、突然の刺激にカイジは大きく背を仰け反らせる。
「ほら……、答えろ……」
涙を湛えた揺れる瞳が自分だけを見ていることに満足しつつ、赤木はもういちど尋ねる。
カイジは困惑したように眉を下げつつも、一度きりで終わってしまったピストンの刺激を追い求めるように腰を揺らしながら、ちいさく答えた。
「あ……っ、デカくて、それから……硬い、です……っ」
自分で言った言葉に興奮したのか、シャツの裾からチラチラと覗くカイジのモノは、ヒクヒク蠢いて先走りの露を光らせている。
赤木が低く笑い、
「それだけじゃねぇだろ? ん?」
密やかな声で促すと、カイジはその声にすら感じたように熱い吐息を漏らした。
「そ、それから……すげ、きもちぃ、です……赤木さ、の……」
とうとう涙を溢れさせながら、カイジはそう言い切った。
羞恥に顔を背けつつも、快感に身を捩り、『もっと』と訴えるように腰を大きくグラインドさせる。
深く銜え込んだままやわらかな粘膜に絞られ、赤木は軽く目を眇めたが、カイジはそれに気がつかない。
ひたすら押し殺した声で喘ぎながら、ただもう、快楽の虜になって赤木を貪るカイジに、タバコを灰皿に押し付け、赤木は両手をその腰に伸ばした。
「っあ、」
ぐっと押さえつけると、カイジの口から不満げな声が漏れる。
ガッチリと固定されてなお、貪婪に蠢こうとする腰に笑いつつ、
「動くなよ」
と言い置いて、赤木は下から思い切り突き上げた。
「ひぁっ!? あっあぁっ」
カイジが体を痙攣させ、大きく目を見開く。
体を支える腕がガクガクと震えているのを感じながら、赤木は狭い壁に自身を馴染ませるように、深く深く突き込んでいく。
カイジによって十分に昂ぶらされていた陰茎を、ひたすら絶頂を追うように激しく叩き込めば、カイジも泣き声で絶頂を訴える。
「あっ、あっ、赤木さ……だめ、いく、イっちまうっ……!」
「そんなにデカい声出したら……聞かれちまうぜ?」
「あっ、だっ、だって……っ」
感じるところをゴリゴリと擦られ、最奥を突かれ続けていては、声など抑えようもない。
「声、出ちまう……っ、赤木さ、そんな、意地悪……っ、しないで、くださいッ……、んぁあっ」
涙混じりに訴えても、赤木はそんなもの意に介さない。
「ん……意地悪? 誰が意地悪だって……?」
「あーーっ! あっ、あっ、だめ、くうぅっ!」
罰を与えるようにより激しく貫かれ、こみ上げる吐精感にカイジは涎を垂らして嬌声を上げる。
「あっ、あっだめ、出る、イく、あかぎさん……ッ!」
白濁混じりの先走りを垂れ流す鈴口をはくはくと開閉させ、カイジが達する直前、赤木は一言、
「服、汚すなよ……?」
と囁き、カイジの最奥を抉った。
「ふあっ! あっぁ、あああっ……!!」
一際甘い声を上げ、カイジは絶頂した。
喉を反らせて射精の快感に酔いながらも、理性の焼き切れる直前で聞いた赤木の声にちゃんと従い、勃起したモノから吐き出される白濁をすべて自分の手で受け止めている。
陽に焼けた手が白い粘液で汚れていくさまを見ながら、イったせいで断続的にうねる中の心地よさに逆らわず、赤木もカイジの中で精を迸らせた。
「あ、あっ……ひっ、」
中に出される感触にヒクヒク体を震わせ、カイジはぎゅっと目を瞑る。
動きを止め、互いに長く続いた射精がようやくおさまりをみせると、赤木はカイジの後孔から萎えたモノを抜いた。
「ぁっ……はぁ……はぁ……」
ぐったりと床に横たわり、カイジは乱れた呼吸を整える。
快感の余韻を感じさせる熟れた頬と濡れた表情に、剥き出しの尻から流れ出る精液が卑猥だ。
「大丈夫か……?」
髪を撫でながら赤木が尋ねると、大丈夫じゃねぇ、とぶーたれて、カイジはそっぽを向いてしまった。
「失礼します……赤木さん、そろそろ……」
襖の外からそう声がかかるころには、すでに後処理も済ませ、ふたりはやや不自然な皺の寄ったスーツを、元通り身につけていた。
「いい加減、機嫌直せって……」
赤木が苦笑しながら言っても、カイジはむっつり押し黙ったまま返事をしない。
黒服がやって来る前から、すでになんども同じやり取りが繰り返されていた。
ふたりの間には、冷めた食事がいっさい手つかずのまま残されている。
完全に臍を曲げてしまったカイジに赤木は肩を竦めると、ふすまの外に向かって「わかった。今、出る」と答え、立ち上がった。
「ほら、来いよ。俺の麻雀が見たかったんだろ?」
微かに笑ってそう言われ、カイジはようやく目だけで赤木を見る。
ふて腐れたような目と目が合うと、赤木は笑みを大きくして右手をカイジに差し伸べた。
カイジは不本意そうにしながらも、ようやくその手を掴んで立ち上がった。
黒服の案内で廊下を複雑に折れ、対戦場所となる部屋に辿り着く。
襖を開けると、対戦相手は既に卓に着いていた。
対面からジロジロと、値踏みするように送られる視線にすこしも動じることなく、赤木は悠々と歩いて手前の席に着いた。
座椅子の上に胡座をかき、赤木がその鋭い目で相手を真正面から見据えた瞬間、その背中を見つめていたカイジはハッと息を飲む。
赤木の背中から発せられる気が、今までとは別人のように変わったのだ。
それに引き込まれるようにして、場の空気もキリキリと張りつめ、しわぶきひとつ出来ぬような、重い緊張感が部屋全体を支配する。
赤木しげるは、意地悪である。
「カン」
カイジは確かに怒っていたのだ。
心も体もぐちゃぐちゃになるまで弄ばれ、もう金輪際こんなひどい男なんて、さっきまでは確かに、そう思っていた。
それも、今回に限ったことじゃない。毎度毎度、会うたびにそう思わされる。
「リーチ」
それでも。
赤木の麻雀を見てしまうと、馬鹿みたいに心が震えるのだ。
あれだけ怒っていたことも呆気なく忘れさせられ、顔を真っ赤にしてその姿を見つめるしかない。
逆らおうと、流されまいと頑張ったって無駄だった。
牌を掴むその指が、生々しい確かな息遣いが、他を圧倒する底知れない深みが、くだらない感情すべてを呑み込んでいく。
「ツモ。四暗刻」
赤木が牌を倒した瞬間、カイジは頬を染めたまま、諦めたように目を瞑って長く息を吐いた。
みっともなく嫉妬させられるとか、意地悪されるとか。
たったそれぐらいのことで。
「嫌いになれたら、苦労しねぇんだよな……」
カイジがそう呟くと、前を歩いていた赤木が振り返った。
「どうした? カイジ」
料亭での対局を終えた、帰り道。
穏やかに呼びかけるその顔は、打っていた相手を半泣きで土下座させるまで追い込んでいた先ほどまでとは、またうって変わって別人のように柔和だった。
さっきの麻雀を見たせいで、カイジの心は完全に赤木に屈服させられていたのだが、それがなんだか面白くなくて、カイジはぶっきらぼうに答える。
「なんでもありません」
不機嫌そうなカイジの顔を、赤木は不思議そうに眺めていたが、やがて、ニヤリと笑って言った。
「なんだ……惚れ直したか?」
単なる軽口にも聞こえたが、カイジはカッと頬を赤くする。
やはり、赤木は見抜いているのだ。カイジの心の、わかりやすい動きなど。
惚れた弱みというものは、なんと厄介なのだろう。
赤木相手だからなおさら、絶望的にカイジはそう思う。
きっと赤木にどんなことをされても、一生嫌いになんてなれないのだ、自分は。
カイジの顔がひどく曇る。
どうにも後戻りできないくらい追い詰められ、二進も三進もいかないような気分だった。
赤木は目を細め、そんなカイジを愉快そうに眺めている。
カイジはそれを見て舌打ちし、ヤケクソのように大股で赤木との距離を詰めた。
追い詰められれば、鼠でさえ猫を噛む。
だったら、と、カイジは赤木の耳許に顔を近寄せ、
「大嫌いだ、って言ったんです」
せめてもの抵抗みたいにそんな大嘘をついて、うすい耳朶にがぶりと噛みついてやった。
終
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