告白 アカギが告白する話 甘々


「しみついちまって取れないんだ。あんたの表情とか、声とか、仕草とか」
 つらつらとそんなことを言うアカギに、カイジは思いきり顔を顰めた。
「人のこと、泥汚れみたいに言うなよ」
「洗って落とすことができないんだから、泥汚れより質が悪いよ」
 あまりの言い草にカイジは一瞬沈黙し、そのあと、呆れたようにため息をついた。
「お前なぁ……、ギャンブルとか喧嘩とか、そういうのはものすごく上手いくせに、どうしてそんな下手くそな言い方しかできねぇんだよ?」
「下手くそ?」
 今度は、アカギが不快そうに眉を寄せる。
「どこが下手くそなんだよ。今ので十分伝わっただろ」
「伝わんねぇよっ……! 単なる悪口と変わらねえじゃねぇか……!」
 大体なぁ、とカイジはアカギを睨むようにして見る。
「普通こういう時は、情緒とか雰囲気とか、もっと大事にするもんだろうがっ……!」
「情緒?」
 せせら笑うように、アカギはカイジの言葉を繰り返す。
「そんなもの必要ねぇだろ、あんたには」
「あぁ?」
 ガラの悪い声でカイジが聞き返し、ふたりはその後しばらく無言で睨み合っていたが、やがて、アカギが不機嫌な顔のまま口を開いた。
「そんなに言うなら、あんたが手本を示してくれよ」
「っ……」
 カイジは一瞬ひるみ、顔を強張らせる。
 だが、「できないの?」というアカギの挑発に、むっとした顔になると目を据わらせた。
「……あのな……回りくどくなくたっていい、シンプルでいいんだよ、こういうのは」
「だから、手本を」
「わぁってるよ!!」
 怒鳴ったあと、カイジは落ち着かない様子で視線をうろつかせながら、絞り出すようにぽつりと言葉を零す。
「……す、」
 そこで一旦言葉を詰まらせ、アカギの顔をちらりと見てから、さらにちいさな声で続ける。
「きだ……とか、」
「……」
 重苦しい沈黙が落ちた。
 カイジは羞恥に耐えるようにうつむいていたが、いつまで経ってもアカギからなんのリアクションもないので、ついに赤くなった顔を上げて怒鳴りつけた。
「おい!! なんか反応しろよ!!」
 すると、アカギは「ああ、」と言ってわざとらしく笑う。
「ごめん。なんか、鳥肌たっちまって」
「っ! お、お前が手本手本ってうるせぇから、言ってやったんだろうがっ……!」
 怒りに肩を震わせて睨めつけるが、アカギは笑うのをやめない。
 カイジはしばらく拗ねたようにむっつりとしていたが、やがて大きくため息をつくと、首を横に振った。
「ああもう、やめだやめ……っ! お前の下手くそな告白は、後日また聞いてやるっ……! それより、買い出し行くぞっ買い出しっ……!!」
 気持ちを切り換えるようにすくっと立ち上がるカイジにアカギは片眉を跳ね上げたが、黙って腰を上げた。


「後日また、って……オレはあんなこと、もう二度と言わないぜ?」
 アパートの階段を下りながら、前を行くカイジにアカギがそう声をかけると、
「アホかっ! あんなもん告白とはいえねぇよ。やり直しに決まってるだろっ……!」
 カイジはアカギを振り返り、ばっさりと切り捨てた。
 やり直し、と口の中で呟いて、アカギが眉を寄せているうちに、ふたりは階段を下りきった。

 すでに陽は落ち、どこかで蜩が鳴いている。
 ついさっき夕立があったらしく、地面は濡れ、アスファルトの色が変わっていた。
 むっと湿って蒸し暑い空気の中を、アカギとカイジは並んで歩いた。

 アカギはカイジの横顔を眺める。
 さっきまでのやり取りのせいで、なんだか疲れたような、だるそうな表情だったが、そんな冴えない顔であってもやはり、カイジの表情は深くアカギの心にしみついてしまうのだった。

 黄昏時。周りに人はいない。
 アカギは左手をそっと動かして、カイジの右手に触れた。
 ぴくり、と動いた掌を、握り込むようにして手を繋ぐ。
「……離せよ、暑苦しい」
 すぐさま、カイジはそんな憎まれ口を叩いたが、言葉とは裏腹に、自らも右手に力を込めた。
「カイジさん、手汗ひでえな」
 お返しとばかりに悪たれ口をきいたあと、アカギもより強くカイジの手を握った。


 告白なんて必要ない。
 ……なんてことは端から見ても明らかで、本人たちもそれに気がついてはいるのだが、それでも子供みたいなやり取りをやめられない、おかしなふたりなのだった。





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