ハッピーアイスクリーム!・1(※18禁) 食べ物使用注意



「あぢ〜〜……」
 そう呟いて、ふにゃりとレジカウンターに突っ伏す佐原を見て、カイジは眉を寄せた。
「あんまり、ダラダラしない方がいいんじゃねぇか? 一応、監視カメラ回ってるんだから」
 低くした声で、カイジは佐原を嗜める。
 店が暇なとき、店長が事務室で監視カメラの映像を隅から隅まで嘗めまわすように眺めているのを、カイジは何度か見たことがあった。
「わかってますって。でもしょうがないでしょ、暑いもんは暑いんですから」
「暑い」を『あづい』と発音する、佐原の気持ちはカイジにもよくわかった。

 梅雨明けしてからずっと、猛暑日が続いている。
 暑さは陽が落ちてからもさして変わらず、カイジたちが働く時間帯は、天気予報で連日『熱帯夜』と表現された。
 しかし、ここ最近落ち続けている売り上げを、経費の削減によってカバーするため、客の少ない深夜時間帯のエアコンの使用をできるだけ控える、設定温度も二十八度で固定、という決まりを、先日、店長が発表したのだ。
 カイジたちの働いている時間帯は、大抵店長もシフトに入っていて、事務室で空調の管理を常に行っているため、鬼の居ぬ間にこっそりエアコンを『強』にしたり、設定温度を下げたりという逃げ道すら用意されておらず、カイジたちは流れ落ちる汗を汗を拭き拭き、品出しや接客をする他なかった。

「ちくしょー、あのバカ店……売り上げ不振のしわ寄せを、こっちに押し付けやがって……っ!?」
 怒ったように文句を言っていた佐原だったが、急にその顔を大きく引きつらせた。
「げ」
 自動ドアの方を見て一言、そう漏らすと、慌てたようにレジから離れようとする。
「休憩入りま〜す」
「は? 休憩って……まだ早すぎるだろ?」
 時計を見ると、佐原の休憩時間まであと十分以上もある。
「すんません〜! ちゃんときっかり、一時間後に戻ってきますから〜!!」
 不審げな顔のカイジににっこりと笑いかけると、佐原は小走りであっという間にスタッフルームに引っ込んでしまった。
「おい、佐原っ……!」
 カイジが追いかけようとしたちょうどその時、客の入店を知らせるドアチャイムが鳴った。
(くそっ……あのバカ、どうして急にっ……)
 仕方なく、カイジはカウンターに向き直る。
 やる気のない声で「いらっしゃいませー……」と言いながら自動ドアの方を見て、カイジはひくりと顔を引きつらせた。
「げ」
 さっきの佐原と同じ言葉が口から漏れ出る。
 店の商品には目もくれず、まっすぐカイジの方に近づいてくる長身の男。
 否が応にも人目を引く、鋭い目と真っ白な髪。
 その男は紛れもなく、赤木しげるだった。

「……『げ』って、なに?」
 アカギはカイジの前に立ち、低い声で問いかける。
「い、いや……その……いらっしゃいませ……」
 内心、冷や汗をダラダラかきながら、カイジは目の前の客に改めて挨拶した。
(佐原の野郎……)
 佐原は自動ドアの向こうに、いち早くアカギの姿を見つけて、逃げ出したのだ。
 佐原がアカギから逃げる理由は、わかりきっていた。
 この間、ひょんなことから、佐原はカイジとアカギが恋愛関係にあることを知ってしまったのだ。
 その時から佐原はアカギのことを苦手にしていたし、なにより他に客もいないこの空間に、男のカップル+自分という状況なんて、たまらないと思ったのだろう。

 佐原にバレたときのことを思い出したカイジの顔から、どっと汗が噴き出す。
「買い物か?」
 嫌な記憶を振り払うようにカイジが問うと、アカギはこくりと頷いた。
「今日、あんたのうちに泊めてほしいんだけど、いい?」
 特に断る理由もなかったので、カイジは「おう。いいぜ」と答えた。
 それじゃあ、と言ってアカギは一旦レジから離れ、しばらくして、買い物かごを提げて戻ってきた。
「これ買って、先に部屋で待ってるよ」
 カウンターの上に置かれたかごの中には、ビールやあたりめやチーカマ、それにおにぎりやサンドイッチなんかが入っていた。
 量を見るに、カイジの分もちゃんと入っているらしい。
「悪いな。ちゃんと鍵、持ってるか?」
「うん」
 アカギはポケットの中から、以前カイジが作って渡した合鍵を取り出してみせる。
「そんな無造作に入れといて……なくしても、もう作ってやらねえぞ?」
「大丈夫。大切なものは、絶対なくさないから」
「……ふーん」
 躊躇いなく自分の部屋の鍵を『大切なもの』だと言ってのけるアカギに、カイジはうつむいて赤くなる顔を隠しつつ、かごの中のおにぎりを手に取った。
 だが、レジを通す直前にふと思い立ち、顔を上げてアカギを見る。
「なぁ、ついでに欲しいもん、あんだけど」
「……なに?」
 カイジはレジから出て、店の奥の方へと歩いていく。
 アカギがその後をついていくと、カイジは飲み物の並ぶ冷蔵庫の隣にある、アイスショーケースを開けて中を物色していた。
 横開きの透明な蓋を開け、様々なアイスクリームがぎっしりと並んでいる様子に目を輝かせているカイジを見て、アカギは苦笑する。
「今日、暑いだろ? なんか無性に、冷たいもんが食いたくてさ」
 どれにしようかな、と弾んだ声で言いながら、カイジはアイスをあれこれと吟味している。
 甘いものには食指が動かないアカギが、ぼんやりとその様子を見守っていると、やがてカイジは長方形の袋に入った大きな棒アイスと、丸く小さな器のアイスクリームを取り出して、ガラスの扉を閉めた。
「決めた。これ、うちの冷凍庫に入れといてくれ」
「ふたつも食うの?」
 アカギが訊くと、カイジはきょとんとした顔で瞬きする。
「なに言ってんだ。こっちはお前の分だよ」
 そう言って、目の前にずいと差し出されたカップアイスを見て、アカギは閉口した。
 甘いものが苦手だということを、カイジだって知っているはずなのに。
「これ、甘さ控えめって書いてあるし、割と値の張るアイスだから、きっとお前の口にも合うと思うんだ」
 言い訳みたいにつけ加えるカイジに、アカギはため息をつく。
 そんなこと言って、本当は自分が食べてみたいだけなのだろう。
 だいたいその『割と値の張るアイス』を買う金は、アカギの財布から出ていくのである。

 誤魔化すように笑ってみせるカイジの顔を、しばらくじとりと眺めてから、アカギはなにかを思いついたように、すっと目を細めた。
「カイジさん、この店の監視カメラって、あれと、あれだけ?」
 アカギはカイジに近づいて声を潜め、目線で天井のカメラの位置を示しながら問う。
「たぶん、そうだけど……いきなり、なんだよ?」
 つられて思わず小声になるカイジに、アカギは口端を吊り上げてひどく意地悪げな笑みを見せる。

「じゃあ……ここは完全に、死角なわけだ」

 そう言うやいなや、アカギは素早くカイジに顔を近づけ、唇を奪った。
 それはまさに一瞬の出来事で、カイジが目を見開くのと同時にアカギは離れ、ニヤリと笑った。
 なにをされたかすぐには理解できず、ぽかんとしていたカイジだったが、やがて一気に状況を把握すると、顔を真っ赤にしてアカギに怒鳴った。
「あ、アホっ……!! こんなとこでっ……!!」
「ほら、溶けちまうよ。アイス」
 そう言って、さっさとレジへ戻ろうとするアカギに、カイジはギリギリと歯噛みしながらも、両手にアイスを持ったまま自分もレジへ向かったのだった。

 


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