ツキとキス・4



「確かめたいこと?」

 怪訝そうな顔をするアカギに頷き返しながら、カイジは内心、ダラダラと汗をかいていた。

 以前、あんなことをしてしまったにも関わらず、アカギは平然とカイジのうちを訪ねてきた。
 あんなキスなど、アカギにとっては屁でもないことなのだろうが、凡人であるカイジにとって、あれはかなりの重大事件なのであって、一方的に気まずさを感じているカイジは、針のむしろに座らされているような気分でアカギと対峙しているのだった。

「どうしたの。なんか様子、おかしいけど」
 意図的に逸らしていた顔を覗き込まれ、カイジは思わず飛びすさるようにしてアカギの視線から逃れた。
「……」
「だ……っ、大丈夫! 大丈夫だから!」
 ぜんぜん大丈夫じゃなさそうに肩で息するカイジを無表情で眺め、アカギは口を開いた。
「で? 確かめたいことって、なに?」
 仕切り直すようなその言葉で、カイジは我に返る。
 なぜか行儀良く正座などしている膝の上で、拳をぎゅっと握りしめ、視線を激しくさまよわせる。
「えー……と、その、だな……」
 自分と視線を合わせないまま、もごもご呟くカイジの姿をアカギはぼさっと眺めていたが、やがて飽きたのか、大きな口を開けて欠伸をした。
「……煮え切らねぇな。次、起きるまでに腹くくっとかねえと、聞く気ないから、そのつもりで」
 そう言い放ち、さっさと寝転がろうとするアカギを、カイジは慌てて制止した。
「まっ、待て……っ! 言うっ! 今言うからっ……!!」
 おたおたと自分を引き止めるカイジに、アカギは眉を寄せ、ため息をつく。
『じゃあ早くしな』とでも言いたげな、不機嫌そうな表情に、もう引き下がれないことを悟ったカイジは、唇をぎゅっと噛みしめる。
 そして、逸らしていた視線をまっすぐアカギに向け、そろそろと言葉を発した。

「オレと、キ、キキ……キス、してくれないか!?」

 間。
 情けない顔で深くうつむいてしまったカイジのつむじを、アカギは黙ったまま、じっと眺める。
 膝の上に置かれた拳が、ぶるぶると震えている。あまりに深く項垂れすぎて、その姿はまるで、アカギに頭を下げて謝罪しているようだった。

 数秒間、その姿をじっくりと観察したあと、アカギはあっさりと言った。
「いいよ」
「……えっ!?」
 弾かれたように、カイジは顔を上げる。
 真っ赤に染まったその頬を見ながら、アカギはもう一度、ゆっくりと言ってやる。
「……いいよ」
「なっ……なんで? 理由だってまだ、話してないのにっ……!?」
 信じられないといった顔をするカイジに、アカギは喉を低く鳴らす。
「ククク……面白い。狂気の沙汰ほど、面白い……」
 ひっそりと笑うアカギを、カイジは不気味なものを見るような目つきで見る。
「それに、『まだ話してない』ってことは、ちゃんと、あるんだろ? 理由が」
 笑い止めたアカギに言われ、カイジはこくこくと頷いた。
「だったら、オレは構わない。あんたの気の済むように、やりなよ……」
 そう言って、アカギは白い瞼をふわりと閉じ合わせた。
「は……」
 ごくり、と音を立てて、カイジは唾を飲み込む。

 思っていたよりもずっと簡単に、アカギの了承を得ることができた。
 身構えていたぶん、やや肩透かしに感じるくらいだが、ある意味、ここからがいちばん大変なのだと、カイジは唇を引き結ぶ。

 アカギの正面ににじり寄って、その肩をぐいと掴む。
「ほ、本当に、いいんだなっ……!?」
「……ああ」
 揺らぎのない声を聞き、カイジの腹もようやく据わった。
 わずかに傾けた顔を、アカギの顔に近づける。
 ドキドキとうるさい心臓が、今にも口から飛び出してしまうのではないかと心配しながら、互いの鼻息のかかる距離で、カイジは最後にもう一度、確認する。
「じゃあ、するからな……」
 そして、緊張にわななく唇を、アカギのそれにそうっと、押し当てた。

「……」
 唇を触れさせるだけの、味も素っ気もない、お遊びみたいなキス。
 部屋が、しんと静まりかえる。

 アカギが薄く目を開けると、カイジはまるで貝殻のように固く目を瞑り、燃えるような顔で震えながらアカギに口づけていた。
 きつく寄せられた眉根がひどく気難しげに見えて、ガチガチに緊張しているその様子に、アカギはクスリと笑う。
 ほんのすこしの悪戯心で、舌を出してちらりと唇を舐めてやれば、
「……!!」
 カイジはものすごい勢いでアカギから離れる。
「なっ……しっ、舌……っ!?」
 ぜえぜえと息を乱しながら、透明な膜の張ったカイジの目は、まん丸に見開かれている。
 動転しまくっているカイジに、アカギは笑って言ってやる。
「だって……なんかあんた、物欲しそうな顔してたから」
「だっ! 誰がっ……! そんな顔してねえっつーの! お前の目は節穴かっ……!!」
 目を吊り上げてわぁわぁ喚きたてるカイジだったが、
「キス、終わったよ。いったい、なにを確かめたかったの?」
 というアカギの言葉にはっとして、すっくと立ち上がった。
「よ、よしっ……! 行くぞアカギっ……!!」
「……行くって、どこに?」
 自分を見下ろして叫ぶカイジに、アカギが尋ねると、カイジはアカギに手を差し伸べながら、爽やかに行き先を告げた。

「パチンコ屋だっ……!!」







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