???の嫁入り・4



 なんだかもう頭がおかしくなりそうだったが、少年の正体はこれで一応、わかった。
 じゃあなぜ、と、カイジは少年に問いかける。
「その……神さまとやらがなんで、こんな空き巣紛いの真似を?」
 カイジの言い草に少年はぴくりと耳を動かしてむっとした顔になったが、素直に訊かれたことに答え始めた。
「天界で、ちょっと悪戯しすぎて」
「悪戯?」
「もうすぐ死にそうな人間を無作為に選び出して、そいつが死んだら天国行きか地獄行きか賭けをして、勝つたびに相手の賽銭全額巻き上げてたら、負かした奴らが上に泣きついたらしい」
「……」
 ドン引きして黙り込むカイジに構わず、少年はつらつらと話し続ける。
「上に呼び出されて、こう言われたんだ。お前は人間のことを知らなさすぎるから、平気でそんな残酷なことをできるんだって。だからもっと、人間のことを学んで来いって。人間のことがわかるまで帰ってくるなって言われて、地上送りにされた。だから、」
「……ちょっと待て」
 カイジは少年を手で制する。
 素直に言葉を切った少年を、じろりと睨んでカイジは言った。
「お前の事情はわかった。……わかった、ことにする。
 だけど、それでなんでオレの家に侵入して、顔見るなり『娶れ』って流れになるんだよ? おかしいだろっ……!」
 少年は緋色の目を何度か瞬き、言った。
「人間のことを学ぶには、人間のメスと一緒に暮らすのがいちばん手っ取り早いって、そう聞いたけど」
「いやいや、待て待て待て」
 頭痛のしてきた頭を抱えながら、カイジは大きくため息をつく。
 ツッコミどころが多すぎて、いったいどこからツッコめばいいのかわからない。
「……お前、いろいろ間違ってるぞ」
「間違ってる……?」
 ぱたりと耳を動かして緩く首を傾げる少年に、カイジは指を折って、おかしい点を指摘してやる。
「まず第一に、お前は男だろ? 男は嫁になれないんだ、人間の世界では」
 すると、白い耳がピンと立ち、鋭い目がわずかに見開かれる。
「……そうなの?」
「そう。だから、『娶れ』ってのが、まず根本的におかしいんだよ」
 疲れた顔で教えるカイジに、少年は「へぇ」と感心したように呟く。
「それから、もうひとつ。男同士は普通、結婚できない。この国ではな」
「……え?」
 細い眉を寄せ、少年はカイジの顔を凝視する。
 あんまりじっと見られるので、カイジがわずかに身を引きながら「……なんだよ?」と訊くと、少年は深刻そうに眉を寄せたまま、ぽつりと呟いた。

「……あんた、オスなのか?」

 あまりの発言に、カイジはずっこけそうになった。
 つまりこの、人間のことにとんと疎い神さまは、よりにもよってカイジのことを『メス』だと思い込み、娶れだの嫁にしろだのと騒いでいたわけだ。
「逆に訊くけど、いったいオレのどのへんを見て、『メス』だと判断した……?」
 低い声でカイジが問うと、少年はまっすぐにカイジの肩に垂れる髪を指さした。
「毛足の長いのがメスなんだろ? 他の神連中に教えてもらった」
「あー……」
 カイジは遠い目をする。
「確かに、女の人の方が多いだろうけど……全員がそうだってわけじゃねえ。オレみたいな男も偶にはいるし、髪の毛の短い女の人はもっともっとたくさんいる。性別の判断基準になんてならねぇんだよ、髪の長さは」
 少年はまた目を見開いて固まっていたが、チッと鋭く舌打ちした。
「あいつら……嘘教えやがった……。負けた腹いせか? 上等だ……天界に戻ったら、血も涙も出なくなるまで毟り取ってやる……!」
「おい! なに物騒なこと言ってんだっ……!!」
 もはや邪神そのものの顔をしてブツブツと独りごちる少年を、カイジは慌てて止める。
「ククク……これは言わば、向こうから売りこんできた喧嘩……なにを失うことになっても、文句はないはず……」
「お前、そんなだから地上なんかに送られんだろっ……!!」
 盛大にため息をつくカイジを黙って見つめながら、少年はなにかを深く考え込んでいたが、やがてもとの顔に戻ると、さらりと言った。
「……わかった。結婚は諦める。その代わり、あんたがオレに、人間のこと教えてくれ」
「はぁ!? なんでオレがっ……!」
 予想だにしない展開に頓狂な声を上げるカイジに、少年は淡々と告げる。
「オレの姿を最初に見つけたメスに嫁入りしようって決めてたんだ。でも、もう街を彷徨くのにも飽きたし、ちょっと予定と違うけど、あんたと暮らすことに決めたよ」
「『決めたよ』って、勝手なことっ……!!」
 怒鳴りかけたカイジの目を、少年は食い入るようにじっと見つめる。
 しまった、と思うが時は既に遅く、カイジは息をのんでその瞳に釘付けになってしまった。

「……オレと、一緒に暮らせ」

 噛んで含めるような口調での命令を承諾しそうになるカイジだったが、やはりすんでのところで踏みとどまって、金縛りを力尽くで振り切るように少年から目を逸らした。
 肩で荒々しく息をするカイジに、少年は不思議そうな顔をする。
「……どうして、あんたには効かねえんだろうな」
「は、ぁ……? ……なにが、だよっ……!!」
 きれぎれに問い返してくるカイジに少年は目を閉じ、静かに首を横に振る。
「……こっちの話」

 そして、ぱさりとしっぽを一振りすると、少年は部屋の出口へ向かう。
「えっ、お前、どこ行くんだよ……?」
 カイジが問いかけると、少年はくるりと振り返る。
 その拍子に、頭上の耳としっぽが空気に溶けるように、すうっと消えた。
「どこって……また適当にうろついて、オレの姿を見つけられる人間を探すよ」
 騒がせて悪かったね、と言って、玄関へ向かおうとする少年の後ろ姿が、なんだか急に心許なげに見えてきて、カイジは咄嗟に少年を呼び止めていた。
「まっ、待てっ……!!」
 少年は足を止め、再度振り返る。
「……なに?」
 ばつが悪そうに少年の顔から目を逸らしながら、カイジは長いこと躊躇っていたが、やがてもごもごと口篭もるようにして言った。
「……べつに、嫌だなんて言ってねぇだろうがっ……! 行くとこねぇなら、しばらくの間、ここにいればいい……」
 少年の目が驚いたように見開かれ、それからもとの大きさに戻る。
「……お人好し」
「うるせぇっ……!!」
 バカにしたような口振りに思わず顔を上げたカイジだったが、少年が嬉しそうな笑みを浮かべていたので、気勢を殺がれて目を丸くする。
 人間離れした雰囲気の少年だが、笑顔になるとぐっと人間くさくて、親しみやすい顔になった。
「あんた、いい人間だな。……ありがとう」
 素直に礼を言われ、カイジは照れてぽりぽりと頬を掻く。
 それから、少年の頭に手を伸ばし、ずっと乗っかったままになっていた街路樹の葉を取ってやった。
「……っていうか、なんで学生服なんだよ」
 指先に摘まんだ葉を見ながら、カイジは少年に問いかける。
 いくら大人びているとはいえ、その格好ではまず年齢で引っかかって、結婚などできようはずもない。
 少年は自分の服装に目を落とし、カイジの顔をまっすぐに覗き込んで言った。
「人間って、こういうのが好きなんだろ?」

 ……この、人間に関するすさまじいまでに間違った知識を、これから自分が矯正していかなければならないのかと思うと、カイジは一瞬、気が遠くなるのだった。



 そういうわけで、その神さまとカイジは一緒に暮らすことになったのだが、カイジも人間としては相当偏った生き方をしていたため、神さまの人間知識がさらに間違った方向へ進んでいったり、地上の悪い遊びを覚えたせいで地上送りの期間を延ばされたり、しばらくの間のつもりが居心地が良くて、まるで本物の夫婦みたいにずっとずっと一緒にいたりしたのだけれど、それはまた、べつのお話。





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