???の嫁入り・3




「で……お前はいったい、なにものなんだよ……?」

 部屋の中で改めて少年と対峙して、カイジが発した第一声がそれだった。
 とりあえず、少年が金目の物を盗って逃げたり(というより、そもそもこの部屋には金目の物がない)、いきなり襲いかかってきたりするわけではなさそうなのでカイジはほっとしたが、だからといって少年の怪しさが緩和されたわけではない。

 カイジは少年の全身を不躾に見る。
 燃える色をした瞳の他にも、少年には尋常ではないところがいくつもあった。

 なにより特徴的なのは、その髪。晒したように真っ白なのだ。
 半袖の開襟とスラックスという出で立ちはいかにも普通の学生然としているからこそ、髪だけが異様に浮いている。
 しかしその白い髪は、不思議と少年の真っ赤な瞳によく馴染んでいた。

 その、白い頭の上に、少年は妙な物を乗せていた。
 緑色の、硬そうな葉っぱ。
 カイジはそれに見覚えがあった。街路樹の葉だ。
 見覚えのあるものはもうひとつあって、それは少年の瞳だった。
 どこかで見たことがある、と考えて、カイジはあっと思った。
 さっき街路樹の上で見かけた、白い生きもの。
 あれの目に、少年の瞳はよく似ているのだ。

 警戒心を剥き出しにしてじろじろ見てくるカイジに、少年は軽く息をついた。
「……実際、見てもらった方が早い」
 そう言って、少年がすっと目を閉じた瞬間。
 その姿が、灼けるように白く光り出した。
「うおっ」
 眩しさに眩むカイジの目の前で、白く輝く体の輪郭がぐにゃりと歪み、カイジの膝丈くらいの大きさまで縮んで、べつの生きもののかたちを象る。
 カイジが口をあんぐり開け、ただぼんやりと目の前の光景に見入っているうちに、発光は収まり、少年は忽然と姿を消した。
 代わりに少年の立っていた場所には、一匹の白い獣が、前肢をきちんと揃えて座っていた。
「あぁっ!! お、お前、さっきの……!!」
 なにがなんだかわからないながらも、カイジは獣を指さして叫ぶ。
 その獣は、さっき樹上に見つけた、白い生きものに他ならなかった。
 大きなふたつの耳や真っ黒な鼻、ピンと長いヒゲなんかは、人間以外の生きものとしか言いようがないが、斬るように鋭い目と真っ赤な瞳、雪白の毛並み、しなやかな肢体は少年の特徴そのもので、目の前の生きものが先ほどの少年なのだと、カイジはそう解釈するより他なかった。

 生きものは少年と同じように、葉っぱを一枚頭の上に乗せ、じっとカイジを見上げている。
 恐らくはさっき樹上にいたときに、頭にくっついたものなのだろう。本人(?)は、気がついていないようだ。

 カイジが息を飲んでその姿を見守っていると、不意にまた、生きものの体が光り始めた。
「ひっ」
 まるでカメラのフラッシュを間近で浴びたかのような眩しさに、カイジは短く悲鳴を上げて目を覆う。

「……終わったよ」
 声がして、チカチカする目を恐る恐るその方向へ向けると、そこにはさっき消えたはずの少年が立っており、代わりに獣がいなくなっていた。


 少年は、淡々と言う。
「これでわかったでしょ」
「アホか! ますます訳わかんねぇっつーの……!!」
 そうツッコみかけて、カイジは絶句した。
 眩んだ目が回復して、見えるようになってきたからだ。
 少年の頭の上にある、白い大きな獣耳と、背後で揺れる、ふさふさと太いしっぽが。

 獣と少年のちょうど中間のような姿で、少年は大きく伸びをする。
「やっぱり、この姿がいちばん楽だな。ちゃんと人間に化けるのは、窮屈でしょうがない……」
 そして、大きな耳をぴくぴくと動かし、細面をカイジに向ける。
 次々と襲いくる超展開に、なんとも言えない表情をしているカイジをひたと見据えると、少年は口を開いた。

「あんた、オレを嫁として娶れ」

「……は?」
 これ以上なく間の抜けた声が、カイジの口から漏れ出た。
 予想していたリアクションと違ったのか、少年は眉を寄せると、馬鹿にしたような目でカイジを見る。
「だから、オレを嫁にしろって言ってるんだよ」
「よ、め……?」
 理解が追いつかず、カイジはなぜかカタコトになる。
 話の通じないカイジに苛立ったように舌打ちし、少年はカイジの目をまっすぐに見上げた。

「……オレを、娶れ」

 不思議な瞳に魅入られ、思わずまた頷いてしまいそうになるカイジだったが、すんでのところで我に返り、ぶんぶんと首を横に振って少年から目を逸らした。
 少年は驚いたような顔をしたが、床を見つめるカイジはそれに気づかなかった。
「いっ、いきなりなんなんだよっ……!! 娶れって……だいたいお前、なにものなんだっ……!? その答えをまだ、聞いてねぇぞっ……!!」
 俯いたまま捲したてる横顔を、少年はじっと見つめていたが、やがて軽くため息をつくと、カイジに声をかけた。
「……顔、上げてよ。無理やり従わせるようなことは、もうしないから」
 幾分か和らいだ声に促され、カイジはびくびくと顔を上げる。

 怯えたような三白眼が自分の姿を捉えたのを確認すると、少年は語り始めた。
「ここから南へすこし、歩いたところに、ちいさな神社があるだろ」
 突然始まった脈絡のない話に戸惑いつつも、カイジはちいさく頷く。
 その神社は知っていた。ときどき、前を通ってパチンコ屋に行く。
 真っ赤な鳥居の傍らに、真っ白な狐の像がある神社だ。
「オレはそこの稲荷神なんだ」
「いなりしん……?」
 耳慣れない言葉に眉を寄せるカイジに、
「要は、神さまってこと」
 少年は簡潔にまとめる。

 カイジはぽかんとした。
 稲荷神。いなりしん。神さま。
 目の前にいるのが普通の少年なら、厨二病で片付けられるところだが、生憎、カイジは少年が普通じゃないということを、自らの目で嫌というほど確認したばかりである。
 少年の突拍子もない言葉も、だからカイジは納得せざるを得なかった。

 そう言われてみると、確かに似ている気がするのだ。
 件の神社にある狐の像と、さっき見た真っ白な獣。





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