羽根


 
 カーテン越しに和らいだ朝の光を浴びるしげるの、しなやかな白い背中を、カイジはベッドの上から眺めていた。
 くっきりと浮き出た肩甲骨に、日差しが深い陰影をつくっている。しげるが体を動かすたびにそれは動き、まるで羽ばたいているように見えたので、カイジは思わず、
「羽根」
 と呟き、自分の発言にはっとして口を噤んだ。
 が、既に遅かったようで、耳聡い年下の恋人はスラックスに脚を通すのを中断し、カイジの方を振り返ってきた。
 無言のまま促してくる目線に逆らえず、カイジは今思ったことを、口の中でもごもごと呟いた。
「背中……羽根……生えてるみたいだって」
 言いながら、顔が赤くなっていくのが自分でもわかる。
 オレ今相当気持ち悪ぃこと言ったよな、と上から降ってくるであろう嘲笑に身構えるカイジだったが、予想に反してしげるは、ああ、と納得したように頷いた。
「……よく言われるよ。昔から」
 あっけらかんと言い放つしげるに、カイジは顔を顰める。

ーー昔って、いつだ? 言われるって、誰に?

 モヤモヤとするが、それを口に出せずに唸っているカイジの心を見透かしたように、しげるはふふんと笑ってみせる。
 笑われて、カイジは口をへの字に曲げた。
「オレには今確かに見えたぞ。お前の背中に、真っ黒い羽根が」
「あんたって、意外とロマンチストなんだな」
 嫌味を嫌味で切り返され、悔しげに唸るカイジの傍に、スラックスを履き終えたしげるが腰掛ける。
 きし、とちいさな音をたててスプリングを軋ませ、しげるはカイジを見下ろして目を細めた。
「……触ってみなよ。羽根なんてないから」
 んなこたわかってんだよバカにしてんのか、と言い返したくなるカイジだったが、妙に触り心地の良さそうなその出っ張りに、つい手が動いた。
 寝たままそこに触れると、すべすべしていて固かった。皮膚のすぐ真下に骨の感触があり、生温かい。
 触り心地は思った通り悪くなかったけれど、そこにあるのが羽根とはまったくべつのものであることは確かだった。

「な? 羽根なんかなかったろ?」
 数回そこを往復したあと手を下ろしたカイジに、しげるは笑って言った。
 カイジはちょっと考え、口を開く。
「……お前はその気になれば、空とか飛べそうだけど」
「あんた、オレのことなんだと思ってるんだ?」
 呆れ顔のしげるに、カイジは生真面目に答えてやる。
「なんだと思ってるって、そりゃ赤木しげるだって思ってるよ。鳥じゃない、天使でも悪魔でもない、でも普通の人間ともちょっとだけ違う。赤木しげるは赤木しげるっていう種類の、独立した生き物なんだ。だから、ある日突然進化して、羽が生えたっておかしくない」
「なにそれ」
 カイジの回答を鼻で笑い飛ばし、しげるは体を傾けてカイジに近づく。
「……残念だけど、オレは飛べないよ。ただの人間だから。でも、」
 カイジの体の両側に手をつき、その上に覆い被さるようにしながら、しげるは言葉を続けた。

「あんたをとばすことなら、できる」

 急に不穏さを増す空気に、カイジはさっと顔色を変えた。
「いやいや! お前の言う『とばす』って、それ絶対、意味違うだろっ……!!」
 悲鳴のようなツッコミに声を上げて笑いながら、しげるはカイジの頬にキスする。
「クク……とんじゃいなよ、カイジさん……オレにぜんぶ、委ねて」
 布団の下で剥き出しの股間をするりと撫で上げられ、カイジは涙目になって叫んだ。
「昨日散々ヤっただろうがっ……! 無理っ……! もう勃たねえってっ……!」
「大丈夫……ちゃんと、よくしてあげるから」
 悪魔めいた顔で唇を舐め、しげるはカイジをきつく抱き締めると、その耳許を擽るようにして囁いた。

「天国、連れてってあげるよ」





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