常春 過去拍手お礼 しげるがアホの子



 最近、カイジさんのことをいろんな人に話すようになった。

 どんな人なのか。なにが好きでなにが嫌いで、どういうところが格好良くてかわいいのか。
 考えてみれば、オレから誰かに話をしたいなんて思ったこと、今まで一度もなかった。
 生まれて初めて、カイジさんのことだけは、誰でもいいからちょっとだけでも聞いてほしいような気分になったのだ。


 でも、誰に話しても、猫も杓子もみんな反応が同じなのが、変だった。
 まず、ひどく面食らったみたいな顔になって、オレのことをまじまじと見る。「お前がねぇ」とかなんとか言いながら。
 それから、みんながみんな、一様に遠い目をして
「春だなぁ……」
 なんて呟くので、世間ではそう言うのが流行っているのかと思い込んだオレは、カイジさんにも同じあいさつをしてみることにした。


「カイジさん、春だね」
「冬だよっ……!」

 すかさず、鋭いツッコミが入る。
 部屋の中だっていうのに、カイジさんは上着も帽子も、オレがあげたマフラーも取らないで、背中を丸めてカタカタと震えている。
 外は猛吹雪。なんでも、四十年ぶりの大寒波なのだとか。

 なるほど、正真正銘、冬だ。カイジさんの言うとおり。
 流行の言葉だと思ったのだけど、カイジさんの反応を見る限り、どうも違うらしい。

 じゃあ、あの「春だなぁ……」は、いったいなんなのだろう。

 カイジさんは機嫌が悪い。部屋が寒いからだ。
 ろくな暖房機器もないし電気代も危ういから、我慢するしかないらしい。
 吐く息が白い。こんな状況で「春だね」なんて暢気なことを言っちまったから、カイジさんは余計に機嫌を損ねてしまったのか、オレの方を見ようともしない。


 オレはカイジさんの傍に寄る。
「あのね、カイジさん。最近カイジさんのことを話したら、『春だなぁ』って言われるんだ。南郷さんだってヤクザだって、みんなおんなじこと言う。だから、」
 オレもカイジさんに言ってみたんだけど、と続ける前に、カイジさんの表情が急変した。
 なにか妙なものでも食わされたみたいな顔をして、カイジさんはオレの顔をじっと見る。
「お前……オレのこと、いったいどんな風に喋ってたんだよ?」
 マフラーに口許を覆われているせいで、声がくぐもっている。
「え……? どんな風に、って」
 カイジさんは、なんだかぶすっとしていた。
 なんて説明しようか、考えながら口を開きかけたところで、カイジさんはオレを手で制した。
「いや……言わなくていい。大体、想像つくから……」
 カイジさんは仏頂面でそう言うと、はー、と深くため息をついた。
「お前もう、オレのこと、あんまり誰かに話すんじゃねえぞ……」
 オレは不思議に思って、問い返す。
「どうして?」
「いいから」
 カイジさんの口調が刺々しくなったので、オレはそれ以上なにか言うのをやめにした。



 カイジさんは、相変わらず顔を顰めている。
 眉間の皺も、より一層深くなってしまった。
 でも、怒っているわけではないらしく、よく見るとマフラーに半分埋もれたその顔は、ほんのり薄赤くなっている。

 おそらくこれは、照れている。理由はよく、わからないけれど。

 その顔を見ていると、なんだかおかしな気分になってきた。
 邪魔なマフラーを取っ払って、カイジさんに滅茶苦茶キスしたくなったから、オレは衝動に逆らわず、ぐるぐる巻きにされた黒いマフラーに手をかける。
 びくっとするカイジさんをよそに、マフラーを解いて床に放ると、すこし怯えたみたいな表情が露わになって、なにか言おうとうすく開かれた唇に、噛みつくみたいに口づけた。

 カイジさんの唇は乾いてて、でも口の中は湿ってて、いつまでだってキスしてられるくらい、きもちがいい。
 カイジさんが呻いて、オレの体を押し返そうとしてくるから、オレは逆にその手を掴んで、カイジさんを床に押し倒してやった。
 大きな体の上にのしかかって、夢中でキスしていると、カイジさんがもぞもぞと身を捩り、鼻にかかった声を上げる。
 ため息混じりのその声を聞いた瞬間、なぜか唐突に、「春だなぁ」という台詞が脳裏を過ぎった。

 春、なのか。これが。
 カイジさんの甘い声、舌の感触、息遣い。
 頭にうっすらと霞がかったようになって、下半身のある一箇所に、痛いほど血が集まっていく。

 春、って、こういう意味だったのだろうか。
 つまり、回春とか買春とか、そういう性的な隠語としての、『春』。
 それなら、さっきカイジさんが顔を赤くしたのにも、ちゃんと説明がつく。
 おそらく、そうに違いない。

 確かにオレは、カイジさんに対してはいつもこんな風に、エロくなっちまう。
 だけど、なんでバレたんだろう? 体の関係があることは、まだ誰にも言ってないのに。

 ……そう考えると、なんか、おかしいような気もするけど。


 細かいことはまぁ、置いておいて、目から鱗が落ちるように『春だなぁ』の意味を理解できたオレは、ふやけるくらいに吸い続けていたカイジさんの唇を、ようやく解放した。

 つやつやと赤く濡れ光る唇で、荒い息を繰り返すカイジさんは、まるで熱いときみたいに頬を真っ赤に染めていたけど、体は相変わらず寒そうに震えていた。
 オレはカイジさんの頬を両手で包み込んで、同じくらい荒くなった吐息を重ねながら、憎たらしそうな潤んだ瞳を見つめ、欲望に掠れた声で囁いた。

「オレの春、分けてあげるよ。カイジさん」






 それからまぁ、いろいろあって、カイジさんとふたり、体があたたまるようなことをたくさん、した。
 してる最中は素っ裸でも熱いくらいだったけど、終わってしばらくするとたちまち汗が冷えて、ペラペラの煎餅布団に包まり、カイジさんはまたカタカタと震え始めた。

 オレはカイジさんほど寒がりじゃないし、体温の高いカイジさんと一緒の布団に入っていれば、裸のままでも十分にあったかい。
 なにより、カイジさんとたくさん抱き合ったあと、満ち足りた気分で相手の顔を眺めるこの時間は、のびのびとして心地よくて、本当に春が来たみたいだった。

 上機嫌なオレを、寒くてしょうがないカイジさんは不機嫌そうに睨む。
 オレはカイジさんに頬を擦り寄せ、クスクス笑った。

「カイジさん、あったかいね」
「……お前の頭がな」






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