神さまの言うとおり(※18禁) カイジ視点 カイジが乙女
なんで、こんなことになっちまったんだろう。
「なんで、って、お前がいいって言ったからだろ?」
赤木さんが眉を跳ね上げ、呆れ声をあげる。
心の中だけで呟いたつもりだったのに、どうやら声に出てしまっていたらしい。心を読まれたかと思って一瞬、どきりとしたけれど、いくら赤木さんでも、そこまではできまい。
「ほら、カイジ、そんなとこに突っ立ってないで、早くこっちへ来い」
狭いベッドの上で、赤木さんは飼い犬を呼ぶみたいにオレを呼ぶ。
上着は脱いで、虎柄のシャツとピンストライプのスラックス姿。足を投げ出して座っているだけなのに、不思議とその姿が絵になる……と思うのは、惚れた欲目だけではないと思う。たぶん。
ぼろくて小さくて、シーツもぐしゃぐしゃに乱れているベッドの上で、赤木さんの姿は雑誌の切り抜きを貼り付けたみたいに浮いていて、オレは今さら、自分のことが情けなくなった。
ただでさえ緊張しているのに、余計に尻込みして動けなくなったオレに、赤木さんは苦笑して、ベッドの上を移動して縁に腰掛けた。
腕をオレの方へ伸ばして、ゆったりと微笑む赤木さんに、所在なくうつむく。
本当に、なんで、こんなことになっちまったんだろう。
赤木さんのことが大好きで、こうなることは嬉しかったはずなのに、いざこういう段になると、そんな後悔にも似たような思いが胸中に渦巻く。
それでも、オレのために伸ばされたその手を取らないわけにはいかず、オレはおずおずと右手を動かした。
掌が触れた瞬間、
「っ……!!」
手を握られて、強く引っ張られた。
抵抗する間もなく赤木さんの方へ倒れ込んだオレの体を容易く抱き止め、赤木さんはそのまま仰向けに体を倒した。
自然、顔が赤木さんの胸に押し付けられる。
慌てて逃げようとするが、腰に回されている腕が、どう足掻いても解けず、抜けられない。
それどころか抱き寄せる腕の力はますます強くなる一方で、オレは渋々抵抗を諦め、体を緩めた。
すると、赤木さんも腕を緩め、オレの頭をゆっくりと撫ではじめる。
顔が熱い。赤木さんの匂いと体温。頭がクラクラする。
赤木さんが低く笑うと、細かな震えが体を通して伝わってきた。
「よしよし……そう緊張するなよ。ちゃんと、痛まねえようにしてやるから」
そう言われて、食い違いに気づいた。
赤木さんは、オレが初めての行為だから緊張して、怖がっていると思っているらしい。
確かに、怖くないって言ったら嘘になるし、緊張だってしてるけど……でもオレが尻込みしてるのは、そんな理由じゃない。
竦んでいるんだ。赤木さんと、この神さまみたいな人と、オレみたいな落ちこぼれが、こんなことをしてしまっていいのだろうか?
どう考えたって釣り合わないのだ。それなのに、赤木さんはオレのことを可愛がってくれる。特別扱いされることは嬉しくて誇らしいけれど、ふと冷静になると、赤木さんの隣に並ぶ自分の姿の惨めさに、気分が落ち込んだ。
「今から、俺の言うとおりにしな。そしたら、うんときもちよくしてやる」
髪を撫でる柔らかい手つき。やさしくあやすような声。
オレの複雑な心境など知らず、ただただオレの恐怖心を取り除こうとしてくれている赤木さんに、愛おしさと悲しさと、ほんのすこしの歯痒さが胸に迫って、
「……昔から、『神さまの言うとおり』で、いいことあったためし、ないですから」
赤木さんの胸に押し付けられたままのオレの口から、そんな言葉が零れ出た。
言ってしまってすぐ、ものすごく後悔した。これじゃまるで、赤木さんに八つ当たりしてるみたいじゃねえか。
ますます惨めになって、泣きたくなった。
オレを撫でる赤木さんの手は止まっていて、焦燥に駆られる。
たぶん、赤木さんは見抜いた。オレが躊躇っている、本当の理由。
あの一言だけで、見抜いてしまった。
赤木さんごめんなさい。とりあえずそう言おうとした。
だがオレが口を開くより先に、赤木さんの声が頭上から降ってきた。
「おい、神さまってのは俺のことか?」
低く抑えられた声にびくりと心が竦んだが、とりあえず返事をする。
「はい」
「お前にとって、俺は神さまなのか?」
「……はい」
「違うだろ」
「……」
黙っていると、頬を両手で挟み込まれて顔を上げさせられた。
目線の先にある赤木さんの顔は笑みを消していて、ふたつの眼差しに、痛いほど見つめられる。
逸らすことすら許されないほどの強い視線。息を飲んで固まるオレに、赤木さんはゆっくりと、諭すように言葉を紡ぐ。
「なんども言ってるだろ。お前と俺は、」
だがそこまで言って、赤木さんはふいに口を閉ざしてしまった。
「……もういい。わかった」
赤木さんは軽く息をつく。
「……あ、」
怒らせた。呆れられた。なにか言わなきゃと思うけど、言葉が喉でつっかえて、赤木さんの名前を呼ぶことすらできない。
目の前が真っ暗になりそうだった。
最悪だ……赤木さんのことが大好きなのに、いつも自分のことばかり考えて、向けられた優しさも、正面から受け止めることができないなんて。愛想を尽かされるのも当たり前だ。
ぐっと唇を噛み締め、失意を堪えて赤木さんの顔を見る。
ちゃんと謝らなきゃ。謝って、好きだって言わなきゃ。
強い決意の許、オレは口を開く。
だが、それよりすこしだけ早く、赤木さんの手に頭をぽん、と叩かれた。
「仕方のねえやつだな、お前は」
眉を下げて苦笑する赤木さんの声は穏やかで、オレが開きかけた口をぱくぱくさせている間、思い切り乱暴にぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜられた。
「何遍口で言ったって、お前はわかりゃしねえんだろう。
……だったら、体で教えてやる」
そう言って、ニヤリと笑う口許が、ぼさぼさに乱された髪の隙間から見えた。
「はっ、あ、赤木さん……っ、」
「ん……? どうした、カイジ……?」
耳許で吐息のように尋ねられて、それだけで体が反応してしまう。
あれから、『服を脱げ』って言われて。
言われたとおりにすると、体をベッドにそっと横たえられた。
キスをされて、全身を羽根で擽るみたいに、手と指と舌で愛撫されて、目眩がするほど長い時間をかけて、赤木さんはオレの体の強張りを解いていった。
泣きたくなった。
こんな、慈しむような触り方、男のオレにしなくたっていいはずなのに。
さっき言った言葉通り、赤木さんはオレに教えてくれようとしているのだ。
オレたちの関係が、いったいなんなのか。
赤木さんにとってオレが、どういう存在なのかを、体で、行為で、教えてくれているんだ。
「ほら、足を開け」
太股を軽く叩いて促され、言われたとおり、従順に足を開く。
すると赤木さんは目を細め、オレの額に口づけを落とした。
「力、抜いてろよ……」
晒け出されたそこに、たっぷりとぬめりのある液体を垂らされる。
無意識に緊張するオレを宥めるようにキスを繰り返しながら、赤木さんは長い指をゆっくり、ゆっくりと押し入れてきた。
「っく……」
微かな圧迫感に眉が寄る。
赤木さんはしばらく指先だけを出し入れして、オレが辛くなくなるまで、根気強く入り口を解し続けるつもりらしかった。
「痛くないだろう? 大丈夫だ、ちゃんとゆっくりしてやるからな」
深く、柔らかい声。温和な笑み。
オレを、安心させるための。
「赤木さん……」
耐えてきた視界が滲んできて、オレは腕で顔を隠した。
「……どうした? カイジ」
降ってくる声は、相変わらず穏やかだ。
「やさしく……、」
ようやく絞り出した声は、みっともなく震えていた。
「しないで、下さい……」
「……どうして?」
腕の上からキスを落とされ、また視界が歪む。
「涙が、出るから……」
ちいさな声でそれだけ言って、肩を大きく震わせてしゃくり上げると、赤木さんに腕を掴まれてベッドの上に縫い止められた。
赤木さんの顔が、息がかかるくらい間近にある。
「……却下」
悪ガキみたいな笑顔で、赤木さんはそう囁いた。
「な、なんで、」
鼻水をずるずると啜りあげながら訊くと、
「好きだから。恋人同士だから。
……好きなやつほど、泣かせたくなるもんだろ?」
そんな風に答えて、涙と鼻水で見る影もないであろうオレの顔に、赤木さんが躊躇いもなくキスを落とすから。
オレは余計に涙を溢れさせながら、赤木さんの体にしがみついて、みっともなく声を上げて泣いたのだった。
終
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