屋上 学パロ いちゃいちゃ


 悲鳴のような音をたてながら、鉄製の重い扉を押し開けると、一気に視界が開けて強い風が吹き込んできた。
「な? 言ったとおりだろ。ここの鍵、壊れてるから、うまく力を入れれば開くんだよ」
 ちょっとコツがいるけどな、とどこか得意げに言って、カイジは青い空の広がる扉の向こうへと進む。
 アカギもその後に続くと、灼けたコンクリートの熱が、上履きの底を通してじんわりと伝わってきた。


 だだっ広い屋上には、ふたり以外誰もいなかった。
 授業中だし、そもそもここは立ち入り禁止なのだから、当然のことなのだが。


 風に長い髪を弄ばれながら、カイジはまっすぐ歩いて屋上の端、鉄柵のところまで辿り着く。
 アカギが隣まで行くと、カイジは柵にもたれかかり、ぼんやりと遠くの風景を眺めていた。
「……なんで、屋上?」
 アカギが問いかけると、カイジはアカギの顔を見る。
「え、なんでって……気持ちよくねぇか?」
 僅かに曇った表情を見て、とりあえずアカギが頷いてやると、カイジは「だよな」と言って、ほっとしたように表情を緩めた。
「好きなんだ……ここ。静かだし、誰もいないし」
 ふたたび遠くを眺めながら、やわらかい声でそう告げるカイジに、アカギは内心苦笑する。
 恋人である自分に対しても、こんな風に素直に、好きだ、と言ってくれたらいいのに。
 つきあい始めてまだ一ヶ月。照れてしまうのか、カイジはなかなかそういうことを言ってくれない。


 鉄柵に体を凭せかけながら、アカギはポケットからタバコを取り出す。
 千切れた綿みたいな雲がいくつか、青空に溶けるようにして浮かんでいる。
 それ以外は雲もなく、すっきりと晴れ渡っているのに、遠くの方は靄がかかっていてよく見えない。
 眼下に広がる街はおもちゃみたいで、建物はタバコの箱よりもずっとずっと小さく見えた。


「カイジさんちは、ここから見える?」
 タバコに火を点けながらアカギが問うと、カイジは難しい顔で唸った。
「んー……見えねぇな。どっか、あの辺なんだけど……小さい団地だから」
 カイジの指さす先には、大きな病院が建っている。きっと、その影に隠れてしまっているのだろう。
「ふーん……あんたんちって、何人家族?」
 白い煙を吐き出しながら、取り留めのない質問をするアカギに、カイジは自分の家の辺りを見詰めたまま、答える。
「三人。母ちゃんと、姉ちゃん」
「お姉さんがいるんだ。美人?」
「え……?」
 そこで言葉を切って、カイジはアカギの方を見た。
 風で吹き散らかされた髪が邪魔をして、アカギからその表情はうまく窺うことができない。
 突然様子の変わったカイジにアカギが目を眇めていると、カイジはふいと顔を背け、
「べつに……ふつうだよ、ふつう」
 そう言って、また遠くの方へと視線を投げてしまった。

 それきり、カイジが黙りこくってしまったので、アカギも同じように黙ったまま、ひたすらタバコを吹かしていた。
 お互い、沈黙を気まずく思うようなタマではないので、黙っていようと思えばいくらでも黙っていられる。
 だが、カイジはなにか言いたそうな顔をして、ときどきアカギの方をチラチラと盗み見ていた。


 やがて、短くなったタバコをアカギが踏み消すころになって、カイジがようやく口を開いた。
「っ、あのなぁ、アカギ」
 アカギがカイジの方を見ると、カイジは相変わらず景色を眺めたまま、つっかえるようにして言葉を続ける。
「……っと、姉ちゃんには、その……」
 もごもごと口篭もるようにして喋る声が、風のせいでひどく聞き取りにくい。
 アカギは眉を寄せ、不明瞭な声を聞き取るためにカイジに近づいた。
「お姉さんが、なんだって?」
 いきなり縮まった距離にびくりと肩を竦ませてから、カイジはおもむろに俯きながら、
「姉ちゃんには……付き合ってる、彼氏がいるから……」
 小さな声で、そう、ぽつりと言った。


 風に掻き消されてしまうような、本当に小さな声だったが、カイジの間近にいたアカギには、ばっちり届いていた。
 すこしだけ見開いた目をすぐに細め、アカギはニヤリと笑う。
「ふーん……それで?」
 顔を覗き込もうとしながら問うと、カイジは嫌そうに顔を背けながら答える。
「っ……べつに、それだけっ……!」
 ぶっきらぼうな口調にクスクスと笑いながら、アカギは手摺の上に頬杖をつき、和らいだ声で言ってやる。
「あんたのお姉さんなら、かわいい人なんだろうなって思ったから、聞いてみただけ。他意はないよ。……あんたって、意外にヤキモチ焼きなんだな」
「だ……っ! 誰がっ……!!」
 カッとなってアカギの方を見るカイジの顔は、やはり、風に乱れた髪に隠されて表情が見えない。
 右手で頬杖をついたまま、アカギは左手を伸ばしてカイジの髪をそっと掻き上げてやる。
 すると、その下に隠れていたのは、耳まで赤くなった顔に潤んだ瞳で、悔しそうに睨みつけてくる恋人の顔だった。

 愛しいものを見るように目を細め、アカギは黒い頭をぽんと一撫でした。
 カイジが喉奥で獣のように低く唸り、赤い顔をさらに赤くして俯く。
 その様子にふっと笑ったあと、アカギは大きく伸びをして、ぐるりと屋上を見渡した。
「それにしても……こんな大事な場所、オレに教えちまってよかったの?」
「ん?」
「『静かだし、誰もいない』から、好きだったんだろ?」
 すると、カイジはアカギに体ごと向き直り、その顔をじっと見詰めた。
「……お前は、いいんだよ」
「なんで?」
 アカギの問いかけが終わるのとほぼ同時に、カイジは素早くアカギに近づき、その唇を掠め取った。
「……好きだから」
 自分の唇を奪っていった薄い唇が、直後に紡いだそんな言葉を、アカギは両の耳ではっきりと聞いた。






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