Happy Birthday ゲロ甘 痒い話 アカギ視点






「たぶんオレは今日、生まれたんだと思う」

 そう告げると、その人はびっくりしたような顔をして、急いで体を起こそうとし、腰が痛んだのかひどく顔を歪めた。
「お前、今日誕生日なのか!?」
 苦悶の表情を浮かべながらの質問に、つい笑ってしまいつつ首を横に振る。
「そうじゃないけど。まぁあながち間違いでもないかな」
 眉を寄せ、わけがわからない、という心の内を素直に表すその人の顔を、ただ見つめていた。


 恋をした。
 
 相手は一見、どこにでもいるようで、その実は非常に稀有な魂を持った男だった。
 オレが執着をなくした『金』や『生きること』に強くしがみついている癖に、いざとなればその両方を擲って賭に出るような真似をする。
 しかし、そういうとき、男には緻密に計算された勝利への道筋がはっきり見えているのだ。
 わずかでも勝算があるからこそ、それに賭けることができる。たとえそれが、どんなに低い確率であったとしても、迷うことなく己を信じ抜くことができる。
 もしもその結果として、すべてを失うことになったとしても、しっかりと目を見開いて自分の顛末を見届けることのできる男だった。

 自分と正反対な性質。でもその根幹に、似ている部分を隠し持つ。そんな男に、惹かれるのは当たり前のことだった。
 はじめは無論、博打打ちとしての資質にのみ惚れていた。でも、ともに過ごすうち、自分の知らない感情が芽生えた。
 この人のすべてが欲しいと思った。体だけでもなく、心だけでもなく、でもそのどちらとも手に入れたとしても、まだ満足できない。
 笑い声も涙もため息も、余すところなくすべて手に入れたいと思った。
 驚いた。自分がそんな気持ちを持てる生き物だったのだということに。

 その願望が叶った今日、オレは確かに生まれたのだと思う。
 頬を染め息を上げ、すこしだけ窮屈そうにオレに硬い体を沿わせようとするその人に、人肌のようなあたたかさの感情が目覚め、膨らみ、体の隅々にまで空気を入れるみたいに満ちていった。
 ヒトとして生きるのに欠けていた部分を補い、満たすようなその感情で、オレは初めて本当の意味でヒトになった気がした。

 オレは今日、ヒトとして生まれた。

 ひたひたに満ちた感情は水を吸った衣服ぐらい重たく、すこし前のオレなら邪魔だと切り捨てていただろう。
 でも今はそんな気にならない。むしろ、声を上げて笑い出したいほど高揚している。
 だって、欲しかった人を手に入れたのだ。
 誕生日ではないけれど、『おめでとう』って言われたい気分だ。
『おめでとう』『よかったな』と、その人に言ってほしかった。
 そんなことを思いながらその人の顔を見ていると、その人はくすぐったそうに笑った。
 なんて幸せそうに笑うんだろう、と思っていると、その人は笑いに震える声で言った。
「お前、なんでそんな幸せそうな顔してんだよ?」

 今日生まれたこの気持ちを、この人の笑顔を見るだけで膨らむ重たい感情を、オレが生きることの枷になんて絶対にしない。むしろ、糧にして生きてやる。
 祝福されたいような気持ちのままで、オレはそっと、その人に告げた。

「そりゃ、あんたが好きだからに決まってるだろ」





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