待ち合わせ 神域が携帯持ってる話 ただの日常話






「……はい」
『よぉ。俺だよ俺、俺』
「俺、俺って誰ですか。詐欺ですか?」
『だから俺だって』
「詐欺師に知り合いはいません」
『なんだお前……俺の声忘れちまったのか。しょうがねぇ。じゃあな』
「ちょっ……!」

……

『もしもし?』
「『もしもし?』じゃねえよ! なに勝手に切ってんだっ……!!」
『だってお前が』
「あーもう! わかった、オレが悪かったから、子供みたいな真似しないで下さいよ!」
『しばらく声聞けなかったからって、拗ねて知らんぷりするようなやつに、子供なんて言われる筋合いねぇなぁ?』
「……切りますよ?」
『まぁ待て。その前に、ここがどこだか教えてくれ』
「どこ……って、あんたまさか、改札口離れたのかよっ……? あれだけ動くなって言ったのに……っ!!」
『人の波に逆らえなくて』
「子供か! えっと……今周りになにが見える?」
『人が多いな』
「それ以外で! なんか目印になりそうなものとか!」
『おっ、本屋発見』
「本屋? なんていう店ですか?」
『残念、もう通り過ぎちまった』
「はぁぁ!? だーかーら、動くなってなんべん言やわかんだよ! っの、耄碌ジジイ!」
『あー……すまん。なんか言ったか? 周りがうるさくて、よく聞こえねえんだよ』
「ったくもう……オレは、あんたに早く、会いたいのに……」
『お? ずいぶん可愛いこと言ってくれるじゃねえか。もっとでかい声で言ってみ?』
「聞こえてんじゃねーか!! もういいよ、じゃあオレがわかりやすいところまで移動して待ってるから、赤木さんがそこへ来て下さいよ」
『えー……嫌だ』
「はぁ!?」
『俺はさ、お前に俺のとこまで会いに来て欲しいんだよ……なぁ、カイジ』
「調子いいこと言いやがって、本当はただ面倒臭えだけだろうが!!」
『おっ、今、駅弁屋の側を通り過ぎるぞ』
「はー……」

……

『それにしてもよぉ、カイジ』
「なんですか」
『電話を通すと、お前の声がなんだかいつもと違って聞こえるな』
「そうですか」
『おいおい……なんか、さっきから返事が素っ気なくねえか?』
「あんたを探すのに必死だからだよ……」
『寂しいじゃねえか……久しぶりに会えるってのによ』
「だったら一刻も早く会えるように、すこしは有益な情報を下さい。そして頼むからその場にじっとしてて下さい」
『つれねぇな……ったく』
「大体あんた今、何階にいるんですか?」
『うーん……何階なんだろうなぁ、ここは』
「永遠に会える気がしない……」
『おっ』
「今度はなんですか?」
『銀の鈴のとこまで来たぞ』
「銀の鈴!? ちょっ、赤木さんっそこ、絶対動かないで下さいよ! オレ行きますから!」
『んー……お前が来るの遅かったら、保証はできねぇぞ』
「はい!?」
「一分以内に来いよ。じゃあな」
『ちょっ、ぜってぇ無理だっての……!! おい、ふざけんなっ、あかーー』


……











「ギリギリ、セーフだな。『ぜってぇ無理』じゃ、なかったじゃねぇか」
 膝に手をつき、ぜえぜえと肩で息をするカイジを見下ろして、赤木はカラリと笑う。
「……あんた、ぜってぇ、わざと、やってた、だろ……」
「なんの事だか」
 しらばっくれる赤木の顔を、カイジはこれでもかというほど強く睨みつける。
「怖えな……かわいい顔が台無しだぜ?」
 肩を揺らして一頻り笑うと、赤木は自分の右手に目を落とした。
 カイジも目線でそれを追い、そこに収まっている紺色の携帯電話を見る。
「それなかったら、死んでも会えませんでしたね」
「……んな大袈裟な」
 ふたたびギロリと睨まれ、赤木は苦笑し、口を噤んだ。
「知り合いに持たされたって言ってたよな」
「ああ……連絡取れないと厄介だって、文句言われてな。俺はいらねえって言ったんだけど」
「じゃあ、その人に感謝しなくちゃいけませんね」
 そう言って、カイジは上体を起こす。
 感謝ねぇ、と呟いて、赤木はカイジの顔をじっと見る。
 全力で走ってきたせいで、うっすら赤いその顔を見つめていると、カイジが不審げに眉を寄せた。
「……なんですか?」
「いや……うん」
「? なんもないなら、もう行こうぜ」
 煮え切らない態度に首を傾げながらも、カイジは赤木を促して歩き始めた。



 しばらく構内を歩いたところで、赤木はぴたりと足を止めた。
「赤木さん?」
 振り返り、怪訝そうな顔をするカイジに、
「うーん……やっぱりこれ、いらねぇわ」
 そう言って、赤木はすこしの躊躇もなく、右手に持った携帯を、側にあるごみ箱へポイと投げ入れた。
「な……っ!! ちょ、ちょっと……!!」
 ガコン、という硬い音を聞いてカイジは血相を変え、赤木に駆け寄る。
「アホかっ……!! あんた、なにやってんだっ……!!」
 慌てた様子でごみ箱に手を突っ込むカイジを覗き込みながら、赤木は軽い調子でさらりと言う。

「だって……好きなやつの声はやっぱり、電話越しじゃなくて直接聞きてえからさ」

 カイジは一瞬、固まったが、すぐに手を動かして携帯を拾い上げると、赤木の目の前にずいと差し出した。
「……調子いいことばっか言いやがって。本当は単に、面倒臭くなっただけだろうが」
 苦々しげに吐き捨てられて、赤木は片眉を持ち上げる。
「おいおい、ひでぇな……俺は本当に」
 わかったから、と赤木の言葉を遮って、カイジは怒ったように携帯を赤木に押しつける。
 頬が紅潮している。全力疾走したあとみたいに。
 相変わらずわかりやすい奴だな、と苦笑しながら、赤木がしぶしぶ携帯を受け取ると、カイジはふたたび赤木に並んで歩き出す。
「……あんたがこの先、それをどうしようと勝手だけど、どんなに面倒でも、こういうのはごみ箱じゃなくて、しかるべき方法でちゃんと処分なきゃ駄目ですよ……ったくもう」
 まっすぐ前を見て歩きながら、ぶつぶつと説教する、カイジの横顔。
 久方ぶりに見る懐かしいその仏頂面に赤木は表情をやわらげ、その耳許に口を近づけて「久しぶり」と、優しい声で吹き込んだ。






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