ひととおりカイジの話を聞き終えると、アカギはそっと口角を緩めた。
「それで?」
 伏し目がちに笑んだまま、アカギはカイジの手許、そこにある痛々しい縫合痕を見る。
 さっきまでアカギを強く掻き抱き、頬をなぞり、アカギのそれと絡まったり解いたりしていた、その指。
「こんな話を聞かせたってことは……あんたオレと、傷の舐め合いがしたかったのかい?」
 静かで起伏のないその声は、しかしカイジの心を深く抉り取った。

 裏の世界に生き、類い希なギャンブルの才を持つ。
 若くして今の刹那的な生き方に辿り着いた訳は、本人以外誰も知らない。だが、もの言わぬ白い髪が、尋常ではない半生を生々しく物語っている。
 過去があるんだろう。この男にも、自分と似たような、あるいはそれ以上の壮絶さで訪れた過去の記憶が。カイジはそう思った。
 それを知りたいと思い、また、自分のそれをアカギに知ってもらいたいと思った。
 だから、今まで経験してきたことを話した。身一つで乗り越えてきたさまざまなギャンブル。得たものと、失ったもの。

 ただ単純に、互いの過去を共有したかっただけ。
 カイジはそういうつもりだったけど、でもそれはつまり、誰かと傷の舐め合いをしたかったということなのだろうか。
 アカギにはっきり指摘されて、カイジは初めて、自分が無意識下でそれを望んでいたのかもしれないという可能性に思い至った。

 ベッドの上に寝そべったまま、アカギは腕を伸ばして床に脱ぎ捨てた自分のシャツを引き寄せ、ポケットの中からタバコを取り出す。
「生憎と……オレはあんたと舐め合う傷なんて持ち合わせちゃいないし、そういう趣味もないんでね……そういうのがしたいなら、他を当たりな」
 淡々と突き放されて、カイジはほんのすこしの失望と同時に、『やはり』と思った。
 カイジが心のどこかでそれを望んでいたとして、その通りの生ぬるい展開を、この男が許すはずがない。
 それがこの男の『らしさ』だし、『過去』やその他すべての鎖にいっさい縛られないからこその神懸かり的な強さなのだと、カイジはよくわかっていた。
 だから、一縷の望みを完膚なきまでに叩き潰され、もちろんがっかりしたけど、それ以上にほっとして嬉しい部分もあったりする。

 結局、ひとりきりなんだ、自分もこいつも。
 こいつと生きていく限りは、互いの抱える傷の存在を知りながら、それについて永遠に触れることはできない。
 いくら体で繋がったって、繋がることのできない部分は必ずある。それは心のいちばん奥底、普通に生きてきた人間なら誰もが、誰かにわかってほしいと願うだろう、深くて暗い場所だ。
 寂しかった。でもその気持ちは、決して気分の悪いものではない。
 過去の出来事なんて関係ない部分だけで、ふたりは互いを認め合って生きていけるのだ。
 それはとても尊いことで、それを望むならきっとアカギは、今払い除けた自分の手を取ってくれるはずだと、カイジは確信していた。

 カイジがアカギを見る。吊り上がったその黒い瞳の中に、吹っ切れた色を見て取って、アカギは口角を上げ、肩を竦めた。
「もっとべつの場所舐め合おうってんなら、歓迎するけど?」
「ばーーか」
 下世話な冗談を鼻で笑い飛ばし、カイジがアカギの頭を小突くと、アカギもタバコを咥えたまま、声を出さずに、笑った。




 

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