ダウト アカギがかゆいこという話


 もうずいぶんと前から、盲目になっちまってる。
 盲目、というのはもちろん、単なるたとえに過ぎないけれども、それでも視野は以前に比べ、確実に狭くなった。
 ことに、あんたが視界にうつると、目が勝手に追ってしまい、極端に周りが見えなくなる。

 そこそこの期間を、盲目のまま過ごした。
 そのうち、他人に指摘されて初めて、どうも視界だけに留まらず、全体的に自分の様子がおかしいってことに気がついた。
 それで、改めて自身の姿を顧みると、自分でも気がつかないうちに、全身手の施しようがないような状態になっちまってた。

 焦がれすぎた胸は真っ黒に炭化してしまい、嫉妬などという柄にもない感情を知った腸はことあるごとにぐらぐらと煮えたぎって、やがては蒸発し、雲散霧消してしまうだろう。
 心臓が激しく火を噴き、体の内から焼き尽くされている。けれど、とっくの昔に骨抜きにされちまってるわけだから、燃え尽きたあとには、たぶん骨すら残らない。

 このままいくと、やがてオレの体は風が吹けば飛んでしまうような、たった一握りの灰になってしまうのだろう。
 それでもきっと、発火源である気持ちだけはきっと燃えずに、残る。そういう確信があった。
 それは透き通っていてやわらかく、ずっしりと重いのにふわりと宙に浮くような、そういう不思議なかたちをしているのだ、たぶん。



「そういう風に、あんたに惚れてるわけだけど」

 淡々とそう告げたあと、アカギが「13」と言いながら手札を山の上へ置くと、扇状に広げたトランプで顔を隠したカイジがぼそりと「……ダウト」と呟いた。
 アカギはニヤリと笑い、今自分が置いたカードを表へ返す。
 現れたのは、ダイヤのキング。
「ううっ……」と獣のような呻き声を上げながら、カイジは手札を机の上に伏せ、場に積み重ねられたカードをヤケクソのような乱暴さで浚う。
 トランプの下に隠されていた、真っ赤に茹ったような顔を見て、アカギは長い指を組みながら、止めをさすように言う。
「なにひとつ、偽りじゃないぜ。カイジさん」
 その言葉がカードのことを指しているわけではないということが、笑い含みの口調でわかって、カイジは赤い顔をいっそう赤くしてアカギを睨みつけた。
「お前……本当アホだな……」
 ゲーム開始から増え続ける一方の手札を、数ごとに並べ直しながら、カイジはぼそぼそとアカギを罵る。
「頭、いかれてるんじゃねえの……」
「そうだね……イカれちまってるよ、あんたに」
「……」
 喋れば喋るだけ、アカギからの答えに平静さを失って不利になるだけだと悟ったカイジは、スペードのエースを場に伏せながら「1」と宣言した。

 アカギがなんの前触れもなく、ポエマーも裸足で逃げ出すようなカユいことを言い出したのは、長引きすぎたこのふたりダウト勝負に飽きて、早々に決着をつけるために相手のメンタルを攻撃するというコスい手段に出ているだけであって、「なにひとつ、偽りじゃない」という発言も、本当かどうだか甚だ怪しいし、そんな言葉にまんまと動揺させられていては、この野郎の思うツボなんだ……
 と、カイジは一心不乱に自分自身へと言い聞かせる。

「……で、さっきの話の続きだけどさ」
 カイジとは対照的に、もう残りわずかとなった手札を眺めながら話を続けようとするアカギに、カイジはげんなりした顔になりつつも、沈黙を守り続けた。
 返事がないことなどまったく気にしていないかのように、アカギは場に手札を一枚伏せて「2」と呟き、カイジの顔をじっと見る。
「こんな風に、全身全霊で誰かに惚れるのなんて、あんたが最初で最後だと思うから……仮に、本当に体が燃え尽きて灰になっちまっても、オレは後悔なんてしないと思うんだ」
 つるりとした顔でしゃあしゃあとアカギがそんなことを宣うから、カイジはもう泣きそうだった。恥ずかしすぎて。
 場に伏せられたカードを見る。「ダウト」と言うべきか、否か。
 アカギが愉快そうに自分の動向を見守っている。実に活き活きとしたその表情に苛立ちながら、カイジは結局なにも言わず、自分の手札を出すことにした。
 さっきと同じような展開になって、またしても「偽りじゃない」とかなんとかいう憎たらしい台詞をアカギの口から聞く羽目になるのが、想像するだに恐ろしかったのである。

 大量の手札の中から、ハートの3を抜き出しながら、カイジはアカギを睨めつけた。

 ……反撃してやる。
 勝負の行方など、もう目に見えている。
 だけど、恥も外聞も端から持ち合わせていないようなこの野郎に、なんとしても一泡吹かせてやらなくては、気が済まない。
 たとえそれが、自爆へ突っ走るような愚かしい行為だったとしても、だ。

 抜き出したカードを場に叩きつけ、カイジは口を開いた。
「お、お前が灰になっちまうのは、困る……。オレはお前の外見だって結構、好きなんだから」
 カイジなりに平静を装ったつもりだったが、出した声は情けないほど掠れていて、カイジはまた泣きそうになった。
 思いがけないカイジの『反撃』にアカギはわずかに面食らったあと、くつくつと喉を鳴らした。
「ククク……そりゃあ、初耳だ……」
 可笑しそうに笑いつづけるアカギに、カイジは羞恥で死にそうになりながら、怒ったような口調で乱暴に吐き捨てた。

「ダウトって言うなよっ……! ぜんぶ、本当なんだから」





[*前へ][次へ#]

24/52ページ

[戻る]