舌 甘々 短文


「う」

 その言葉を聞いた瞬間、カイジは息が詰まったような声を漏らした。
「う?」
 怪訝そうに聞き返す赤木の声に、目線をあさっての方向へ投げながら、続ける。
「……そだろっ、そんなの……」
 ふてくされたようにぼそぼそと、呟かれたその台詞に、赤木の眉が上がる。
「嘘じゃねえよ」
「……あんたの言うことは、信じらんねぇ」
「おいおい、そりゃあんまりだろ。オレが今まで、お前に嘘ついたこと、あったか?」
 白々しい赤木の言い草に、カイジはきっと眦を吊り上げる。
「いっぱい、あるだろうがっ……! 忘れたとは言わせねえっ……!!」
「ん? そうか?」
 赤木がすっとぼけると、カイジはますます怒りを露わにする。
「いつもいつも、『すぐ連絡する』とか『また来るよ』とか言っておいて、そのあとずっと、なしのつぶてじゃねえかっ……!」
 言い募るうち、徐々に、黒い瞳が戸惑いに揺れ始める。
「そんで、忘れた頃に顔出して、いきなりこんなこと言うなんてっ……! あんたは何枚舌があっても足りないくらいの、大嘘つきだっ……!!」
 そう吐き捨てた声は、語尾が小さく震えていた。
 今にも泣きそうな顔でうつむいて、黙り込んでしまったカイジに、赤木は柔らかく笑い、ちらりと舌を出した。
「オレの舌は、正真正銘、これ一枚しかねえよ」
 そして、至近距離までカイジに近づき、手を伸ばして後ろ頭を掴み、その額を自分の額にこつんと押し当てる。
「確かめてみるか?」
 挑発するように細められた瞳に、カイジは息をのみ、魅入られたように全身を固くした。
 喉の奥を擽るような声で笑い、赤木は舌でカイジの唇をつつく。
 びくり、と体を強張らせたあと、カイジの唇がおっかなびっくり開かれた。
 ほんのすこしだけ舌先を差し入れ、ごく軽く、挨拶するみたいに舌どうしを触れ合わせる。
 赤木の舌が触れている間中、カイジは全身をガチガチに緊張させていた。

 うすい口づけを解き、赤木はカイジの顔を覗き込む。
「……な? 一枚だけしかなかったろ?」
 カイジは顔を真っ赤にして、涙目で赤木を睨んでいたが、やがて、ぼそぼそと言った。
「……今のじゃ、よくわかんなかった」
 赤木は目を丸くしたあと、くっくっと笑う。
「そうか。なら今度はもっとよく、確かめてみるか?」
 赤木の台詞に恨めしげな視線で答え、カイジは赤木の頬をおずおずと両手で包みこむ。
 ふたたび、今度はカイジの方から唇が重ねられる直前、赤木はゆっくりと目を閉じて、さっき『嘘だ』と言われた言葉を、もう一度言い聞かせるように、穏やかな声音で囁いた。

「お前が好きだ、カイジ」






 

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