蓼食う虫・1 味覚音痴なアカギの話


「夕飯、なに食う?」

 という質問に、間髪入れず、

「こないだのハンバーグが食いたい」

 という答えが返ってきたので、カイジは驚いてアカギの顔を見た。


 アカギからメニューを指定してきたのは初めてだった。
 いつもだったら、「なんでもいい」という返事しか返ってこないのだ。

 だから今回もそうだと決めつけて、外食に繰り出す気満々だったカイジは、
「じゃあ、ファミレスでも行くか」
 と立ち上がりかけたが、
「オレは『こないだのハンバーグ』が食いたいって言ったんだけど」
 というアカギの声に、片膝を立てたまま固まった。

 前回アカギが来たとき、カイジは自分がその時食べたかったハンバーグを作ってやったのだ。
 外へ食べに出なかったのは、給料日前だったためである。

「それはつまり……オレに手作りしろってことか?」
 カイジが問うと、アカギは頷く。
「あんたの作ったハンバーグが食いたい」

 完全に気持ちが外食モードだったカイジは、正直、面倒くさいと思った。
 だが、食に執着のなさそうなアカギが、自分の料理をリクエストしてきたことが存外嬉しく、作ってやることも吝かではないかという気持ちになる。


(でも、ハンバーグか……)
 カイジは渋い顔になった。


 この前作ったハンバーグは、結果として大失敗だったのだ。
 なにぶん、ハンバーグというものを生まれて初めて手作りしたので、一人暮らしを始めるときに買った初心者用の料理本を本棚の奥から引っ張り出してきて、首っ引きで作ったのだ。
 すべての過程がおっかなびっくりで、丁寧すぎるほど丁寧に手順を踏んだのだが、中が生だといけないと思って、長く焼きすぎたのが敗因だった。

 頃合いを見計らい、火にかけたフライパンの蓋を開けると、もうもうと立ちこめる煙の向こうに、真っ黒い色をした塊がふたつ、並んでいたのだ。
 火を見るより明らかな大失敗に頭を抱えたが、作り直すには材料も時間も圧倒的に足りない。
 だから、暴言が飛んでくるのを覚悟で、恐る恐る、そのまんまアカギに出した。

 目の前に出された焦げた塊に、アカギはぴくりと眉を動かしたが、カイジの予想を裏切って、なんと黙ったまま箸を取り、固い肉を刺すようにして切り分け口に運んだのだ。
 感想など恐ろしくて聞けないカイジを後目に、アカギは黙々と石のようなハンバーグを崩していく。
 表情ひとつ変えず、淡々としたその様子を見て、もしやそこまで不味くないのでは、という淡い希望を抱いてカイジも箸を取ったが、苦労して切り分けて口に放り込んだ欠片は、やはりと言うべきか、ものすごく不味かった。
 ギリギリ食べられるレベルではあるものの、ほとんど焦げた味しかしない。しかもパサパサで、噛む度に口の中の水分がぜんぶ吸い取られていく。
 やっとの思いで飲み下し、コップの水に手を伸ばすカイジの目の前で、アカギはどんどん箸を進め、ついにはその不味いハンバーグをぺろっと完食してみせたのだ。
 ケロリとした顔で、ごちそうさま、と言うアカギと、空になった皿を交互に見て、こいつ、食えりゃなんでもいいのかよ、とカイジは驚き呆れたのだ。


 その時のことを忘れたわけでもあるまいに、またしても手作りハンバーグを所望するアカギの気持ちが、カイジにはまったく理解できない。
 それとも、『今度こそうまく作れよ』ということなのだろうか。
 謎だらけだったが、ともかく、今後あるかないかのアカギからのリクエストであることは確かなので、
「わかった。買い物行ってくる」
 そう言って、カイジは腰を上げた。




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