仲直りの方法・1 喧嘩する話 くだらないバカ話
きっかけは、本当に些細なことだった。
その日は珍しく、朝からアカギが訪ねてきたので、カイジはふたりでパチンコを打ちに行くことにした。
そして、例によって、勝ったアカギが半泣きのカイジに昼飯を奢ってやることになったのだ。
中華料理屋でラーメンやらギョーザやらレバニラやらをたらふく食べ、カイジのうちへ戻る道すがら、喉の渇きを覚えたカイジが自動販売機の前で足を止めた。
財布の中を覗くと、残額は百三十一円。
ギリギリ、ジュース一本くらいなら買える。
「ちょっと、飲みもん買ってっていいか?」
声をかけると、アカギは頷き、カイジの隣に立った。
小銭を入れ、どれにしようか……とカイジは考え始める。
中華料理が油っこかったので、冷たくてさっぱりしたものが飲みたかった。
お茶にするか、甘味の少ない炭酸飲料にするか……。
カイジが二者択一で迷っていたのは、ほんの十数秒の、ごく短い時間だった。
だが。
そのたった十数秒のあいだに、隣からぬるりと伸びてきた手が、たくさん並ぶ購入スイッチの、一番左下のボタンを勝手に叩いたのだ。
「ーーーー!?」
あまりにも予想外の出来事に、言葉を失うカイジの耳に、ガコン、と缶の落ちる音が届く。
ボタンを押した張本人を見ると、アカギはボタンに指をつけたまま、カイジの方をじっと見ていた。
その指がかかっているのは、シーズンが終わりかけて下段に追いやられた「あったか〜い」の一角の、よりにもよって、「つぶ入りコーンポタージュ」のボタンだったのだ。
「迷ってるみたいだったから、代わりに決めてやったぜ?」
カイジの反応を楽しむように、アカギは笑っている。
カイジは呆気にとられたまま、屈みこんで恐る恐る投下口に手を伸ばす。
なにかの間違いであってほしい、と祈ったが、手に触れたのは熱々の、他のジュースより一回り小さな缶だった。
取り出した「つぶ入りコーンポタージュ」を片手に、深く俯くカイジを、アカギはしばらく、愉しそうに眺めていたが、すぐにわあわあと文句を言ってくるだろうと思っていたカイジがいつまでも黙りこくっているので、笑いを収めた。
「……どうしたの、カイジさん」
カイジの顔を覗きこもうとした瞬間、いきなり飛んできた右ストレートを、アカギは咄嗟に身をひいて、躱す。
カイジは憤怒の形相でアカギを睨みつけていて、その表情にアカギは軽く眉を上げた。
「お前っ……ふざけんなよっ……!! なんでこんな嫌がらせするんだよっ……!!」
怒りに震える声で、カイジはアカギを責める。
「オレの残り、全財産だったんだぞっ……! それを、勝手に『あったか〜い』の、よりにもよって、『つぶ入りコーンポタージュ』なんかにしやがって……!」
これが全財産だったんだ、とか、商品名を端折らずぜんぶ読み上げてるのが律儀だな、とか、怒っているのにいちいち笑いのツボをくすぐってくるカイジに、吹き出しそうになるのを耐えながら、アカギは諭すように言う。
「そんなに怒んないでよ、こんなつまんないことで。あと関係ないけど、チャック開いてるよ」
「えっ!?」
怒りを忘れ、慌てて社会の窓に目を落とすカイジに、
「嘘だけど」
しれっとアカギがそう言うと、カイジは下を向いたまま、ぶるぶると震えだした。
「くだらねえことばっかしてんじゃねーーっ!!」
イライラが積み重なって許容量を越え、カイジはとうとうブチ切れた。
顔を上げ、近所中に響き渡るような大声で叫ぶ。
「もう、お前とは絶交だ絶交!!」
『いったい何事か』と道行く人がチラチラ見守る視線に晒されながら、アカギは瞬きし、眉を寄せた。
「ぜっこう……?」
「あっいや……」
苛立ちに我を忘れてつい叫んでしまった自身の言葉にはっとして、カイジは火がつくように真っ赤になった。
「と、とにかくっ……! お前とはもう金輪際、口きかねーからな!」
「カイジさん?」
「ついてくんじゃねーぞ、バーーカ!!」
そう言って、乱暴な足取りでその場をあとにするカイジの背中を、アカギはぼさっと突っ立ったまま見送っていた。
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