馬鹿と煙 中年カイジと神域の話 死ネタ



ーーなあ、あんた、寂しくねえの?

ーーん? どうした、藪から棒に。

ーーいや、なんていうか……あんたって、周りにたくさん人がいるのに、その中の誰にも届かないような高いところに、ひとりでいるような感じ、するからさ。

ーーお前の目に、俺はそういう風に映ってるのか。

ーーまぁね……あんたは寂しいなんて思うタマじゃねえだろうけどさ。印象の話だよ。あくまでも。

ーーそうか。まぁ確かに、寂しいと思ったことは一度もねえなあ。天涯孤独ってわけじゃ、全然ねぇしさ。

ーーそれにな。


ーー高いところが好きなんだよ、馬鹿と煙は。








「……なんて言ってたあんた自身が煙になっちまうなんて、なんてひどい冗談だと思ったよ。」

 長い黒髪の男はそう言って、古ぼけた木製のベンチに座る白髪の男を見下ろした。

「そういや、んな話したこともあったっけなぁ。」

 白髪の男はすこしだけ、目を細める。




 そこは強い風が絶えず吹き抜ける、果てしなく高くて、広い空間だった。
 天井も床も壁も地面も、空すらない、真っ白な場所だった。

 そこに、ぽっかりと浮かんでいるようなふたりの男。
 黒髪の男は中年、白髪の男は壮年と呼ぶのがしっくりくるような容姿だった。

 ひとりは、この空間に不似合いな茶色のベンチに腰掛けていて、もうひとりはただ突っ立って、ベンチに座る男を見下ろしている。

 そのふたり以外には、生きものらしいものの気配がまったくない。
 まっさらで無機質で、清潔な空間だった。



 白髪の男は黒髪の男を見上げ、口角を上げる。

「笑えたか?」
「笑えるわけねえだろ、あんな、くそつまらねえ冗談で。」

 黒髪の男は、粗雑な口調で吐き捨てる。
 すこし、怒っているようなその顔を見ながら、白髪の男は笑みを深めた。

「そうだよな。お前ときたら、ものすげぇ泣きっぷりだったもんなぁ。」

 黒髪の男が、思いっきり顔をしかめる。

「あんた、見てたのかよ?」

 白髪の男は笑って首を横に振る。

「いや。見てはいねえけど、知ってたよ。お前、泣き虫だからな。」

 懐かしむように遠い目をする白髪の男を、黒髪の男は黙って見つめる。

 強い風が、たえずふたりの髪を靡かせている。





「どうして俺が、ここにいるってわかったんだ?」

 しばらくして、白髪の男が問いかけた。

「高いところが好きなんだろ? あんたと煙は。」

 黒髪の男の簡潔な答えに、白髪の男は笑って、目を閉じる。

「そうか。そうだな。お前、俺を追いかけて、とうとうこんなところまで来ちまったわけか。」

 返事がないので、そっと瞼を持ち上げると、黒髪の男は強い瞳で白髪の男をひたと見据えていた。
 その眼差しに懐かしさを覚えていると、やがて黒髪の男が口を開いた。

「……オレの事なんて、忘れちまってると思ってた。」

 長年の喫煙のためか、すこし嗄れた声で、黒髪の男はぼそぼそと言う。
 白髪の男は腕組みし、わざとらしく眉を寄せる。

「んん? そういや、お前、誰だっけ?」
「……死んじまえ、クソじじい。」

 すかさず乱暴な口調で毒づかれ、白髪の男はこらえきれないといった風に吹き出した。

「とうの昔に死んじまってるって。」

 声を上げて笑う白髪の男とは対照的に、黒髪の男はにこりともせず、そっぽを向いている。
 拗ねたようなその横顔を見て笑みを柔和なものに変え、白髪の男は穏やかに呼びかけた。

「冗談だよ。怒らねえでこっちを向いてくれ。

 なぁ、カイジ。」

 名前を呼ばれた瞬間、黒髪の男が大きく顔を歪めた。
 目許を赤く染め、今にも泣きそうに唇をわななかせる男の顔は、いつの間にか青年のーー
 白髪の男と一緒にいた頃の、彼の顔に戻っていた。

 まるで、こらえていた思いが堰を切って溢れ出したかのように、カイジはベンチに乗り上げんばかりの勢いで白髪の男に抱きついて、自分よりすこし小さくて痩せているその体を、力一杯抱き締める。

 そして、小さな子どものように大声を上げて泣いた。

「あ、かぎさ……っ、」

 首筋が熱い涙と吐息であっという間に濡れていくのを感じながら、赤木は軽くため息をついた。

「お前は昔っから、なんも変わんねえなあ。大の男が、そんなに泣くんじゃねえよ……」

 体を抱き締める腕にますます力が籠もって、赤木はすこしだけ苦しそうに顔を歪め、それから苦笑する。
 手を伸ばし、昔、よくそうしてやったように黒い頭をぽんぽんと叩いてやると、カイジは泣きじゃくりながら、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった情けない顔を上げた。

「あかぎさ、オレ……、会いたかっ……、ずっと、ずっと……ッ」

 しゃくりあげながら喋るせいでひどく聞き取りにくいその台詞を聞いて、赤木は眼差しを和らげる。

「それも、ちゃんと知ってたよ。」

 そして、しがみつくような力で自分を抱き締める大きな体を、きつくきつく抱き締め返してやった。









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