眠い アカギが眠い話



「……アカギ?」

 怪訝そうな声で名前を呼ばれ、アカギの意識は浮上した。

 視線を下げれば、ベッドの上。自分の体の下から、不審そうに見上げてくるカイジの顔。
 両手はカイジのシャツにかけられたまま、動きを止めている。

 どうやら、一瞬、眠っていたらしい。

 行為を再開するべくアカギは手を動かし、カイジの胸の釦をひとつ、ひとつ、外し始める。

 しかし、どうにも瞼が重い。
 気を抜けばまるで磁石のように、上瞼と下瞼が吸い付いてしまう。
 アカギは指先に意識を集中しようとするが、うまく力が籠らず、叶わない。


 伊藤開司といるときの、この眠さが、どうにもアカギには不可解だった。

 本来アカギは、眠らないでいようと思えば、いくらでも眠らずにいられるタチなのだ。
 集中力を要する賭場で、完徹することだってザラである。

 しかしどういうわけか、ここ最近カイジといると、とにかく眠くてたまらなくなるのだ。

 高めの体温や低い声。煙草の匂いと、甘いような汗の匂い。
 それらカイジのすべてが引き金となり、重いパンチを食らったような、くらくらするほどの眠気が、条件反射のようにアカギを襲う。

 そして、夢も見ないくらいに、昏々と眠り続けてしまうのだ。
 あたかも、普段、眠らない分を取り戻そうとでもするかのように。
 セックスするからかとも思ったが、今までどこで誰と寝ようとも、ここまで眠くなることはなかった。


 がくん、と頭が前に落ち、アカギははっとした。
 知らぬうちに、船を漕いでいたようだ。

 眠気はカイジとの逢瀬を重ねるごとにひどくなっていて、今日などまだセックスする前だというのに、眠くて眠くてしょうがない。
 こんなこと、カイジと出会ってからも初めてのことだった。

 そんなアカギを、カイジは物珍しげな顔で観察している。
 その視線に、鬱陶しいと文句を言うために開かれたアカギの口からは、しかし欠伸しか漏れてこなかった。

「お前、眠いんなら……」
「……眠くない……」

 気遣わしげなカイジの声を振り切るように、アカギは眉間に皺を寄せ、溶けそうになる意識を保とうとする。
 ムキになるようなことではないと、頭の隅でわかっていながら、アカギはどうあっても眠りに流されるわけにはいかないと、生理的な欲求に抵抗を試みる。


 特定の個人の傍で、眠りを誘われてしまうということに、アカギは危機感を抱いていた。
 赤木しげるとして生きていくのに、こんな生ぬるい要素は大きな枷となる。
 アカギは本能に近い部分で、それを敏感に察している。

 眠気にぼやける頭の隅で、冷静な部分がシグナルを発している。
『目を覚ませ』と。


「そんな顔で眠くないって言われても、説得力ねえよ」

 今にも寝落ちしてしまいそうなのに、意固地になって行為を続けようとするアカギに、カイジが可笑しそうに笑う。
 カイジが笑うと、微かな体の震えがアカギに伝わった。
 くしゃりと髪を撫でられて、その手つきのやわらかさに、眠気がひどく煽られる。

 調子が狂う。こんなこと、カイジ以外の人間の前では絶対にないのに。

 歯痒く、もどかしい。しかしその感情すらも、睡魔は包み込んで溶かしていく。
 抵抗むなしく、という言葉が頭を過り、アカギはぼそりと呟いた。

「……負けた気分だ」
「は?」

 あまりにらしくない台詞をカイジが聞き返した、その声を最後に、アカギの意識は、あたたかく、静かな眠りへと、吸い込まれるように落ちていった。


 カイジの傍にいるときだけ眠くなる、ということが、一体どういう意味をもつのか、アカギはまだ、知らない。






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