悪鬼の目にも バカ話


 ぼんやりテレビをザッピングしてたら、あるチャンネルでちょうど洋画が始まるところだったので、手を止めた。
 隣のしげるをちらりと窺う。
 しげるはまったく興味なさそうな顔をしていたが、他に観たいものがありそうな様子もなかったので、リモコンを置いた。


 物語は、孤独な男が美しい女と出会って、恋をして、波乱の末に結ばれる、という、よくあるストーリーだった。

 前半は男と女がひたすら愛を語らうような退屈な場面が続き、中盤を過ぎたあたりから雲行きが怪しくなってくる。
 ふたりを引き裂こうとするような出来事が立て続けに起こり、男は怒り、女は嘆き悲しむ。
『お涙頂戴』と、俳優の顔にでかでかと書かれているような、あざといほどの演技や演出が延々と続く。

 だが、その『お涙頂戴』に、オレはまんまと嵌まってしまった。
 ヤバい、と思った。緩すぎる涙腺が、早くも決壊しそうになっている。
 頭の中で、クサすぎる演技を罵倒したり、これはフィクションだと言い聞かせたりしてみるけれども、そんな心労などお構いなしに、涙はどんどんこみあげてくる。

 画面の中の女が泣けば泣くほど、オレの涙も膨らんでいく。
 頼むからもう泣くな、と涙でぼやける女に向かって懇願するも、無論そんなものまったくの無意味で、むしろクライマックスに近づき『ここが一番の見せ場!』とばかりに女優の演技にも熱が入っていく。
 鼻をすすることすらできず、無駄に大きな咳払いなどして誤魔化す。


 オレひとりならまだいい。だけど今は、隣にしげるがいる。
 こんな三文芝居で大の男が泣いてるなんて、知られたら恥ずかしすぎる。
 しかし、今さらチャンネルを変えるのはあまりにも不自然な気がするし、ここまで観てしまったからには、結末も気になる。


 オレは目を細めて画面を睨むようにしてみたり、わざと視線を外してみたり、必死の抵抗を試みる。
 が、焼け石に水。すでに、女の泣き声だけでグッときてしまうような体たらくで、四苦八苦するオレをよそに、映画はついにクライマックスを迎えようとしていた。


 男と女が苦節の末、ようやく結ばれる。
 取るものも取り敢えず駆け寄って、ひしと抱き合いごうごう泣く。
 男と女の泣き顔が大写しにされ、効果的に流される音楽が心を揺さぶる。

 オレは破れそうなくらい唇を噛み、零れそうになる涙を、耐えた。
 気をまぎらわそうと、隣のしげるを横目で窺う。
 そして、あまりの驚きに一瞬、涙がひっこんだ。


 普段は揺れない湖面のようなしげるの瞳が、濡れ光っていたのだ。
 ーーまさか、あのしげるが、泣いてる!?
 思わず我が目を疑ったが、赤くなったしげるの目の縁や鼻をすする様子を見るにつけ、それは確信に変わる。
 同時に、あたたかいものが胸にこみ上げてきた。

 ーーこいつも、案外人間くさいトコ、あんだな。
 考えてみれば、しげるはまだ中学生。いつも突っ張ってはいるものの、たまにはこんな風に感情に流されることだってあるだろう。

 なんだか妙な感慨と、同じ映画で泣いたという勝手な親近感を覚え、再び膨らんでくる涙もそのままに、オレはしげるに呼び掛けていた。

「しげ……る……」

 その瞬間。
 しげるはぽっかりと大きく口を開け、大欠伸をした。
 そして涙で潤んだ目で、すん、とちいさく鼻をすすり、心底つまらなそうに大きく伸びをしたあと、オレの顔を見て固まった。
 同時に、オレの緩みきった涙腺から、我慢に我慢を重ねた涙の最初の一滴が、ぽつり、と頬を滑り落ちた。

「……カイジさん、泣いてるの?」

 速やかに顔を背けたが、遅すぎた。
 耳に痛い沈黙ののち、しげるは続ける。

「……よく泣けるね、こんな映画で。オレ途中から欠伸が止まらなくてさ」

 呆れたような、感心したような言い方がグサリと突き刺さる。
 まったく悪気がなさそうなのがまた、容赦なく心を抉った。

 そんなオレの心中など預かり知らぬように、しげるはいきいきとした声で、

「ね、カイジさん、顔見せてよ」

 そう、言うが早いか、珍しい動物を見る子どものように、オレに体をくっつけて顔を覗きこもうとしてくる。
 オレは慌てて顔を隠しながら、怒鳴った。

「よ、よせっ……! 見世物じゃねえぞっ……!」
「べつにいいじゃない、減るもんじゃなし」

『映画よりもこっちのがよっぽど面白い』と言わんばかりに、しげるは好奇心に瞳を輝かせながら迫ってくる。

 そうだ。コイツはこういう奴だった……

 悪鬼の魔の手から逃げまくりながら、オレは先程の自分の浅はかさを、死ぬほど呪うのだった。






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