溺れる(※18禁)


「あっ」

 ひとりでに零れ出た声に、カイジは慌てて唇を噛んだ。別に変な声じゃない。動きがあんまり性急だったので、少し驚いただけだ。そう自分に言い聞かせ、体の上の前の男をじろりと睨む。
「ば、っか野郎っ、もっと、ゆっくり、」
 できねえのかよ、と続くはずだった言葉は、ずっ、と繋がりを深くされたことで意味を成さない呻き声に変わった。
 深く脚を折り曲げさせられ、もともとそんなに柔軟でないカイジの関節は悲鳴を上げている。
 しかし繋がった部分の痛みはその比ではない。前戯もそこそこに太いものをくわえこまされて、そこから体が裂けていくような心地がする。
 腹の中が圧迫されて苦しい。本来、排泄に使う器官に押し入ってくるモノを体が全力で拒否している。

 相手の男、アカギはカイジの上で意地悪く笑う。
 行為のときのその顔は、いつもに輪をかけて性悪そうにカイジの目には映る。苦しめられているという意識がそう見えさせているのかも知れないが、とにかくカイジはアカギのその顔が腹立たしくて仕方がなかった。

 しかしカイジの憎々しげな視線を、アカギは余裕の表情で受け止める。そして、顎を上げて傲慢に笑うと、腰を使い始める。
 初っぱなから、まだ異物に馴染みきっていない体の奥深くへ出し入れされる。遠慮の一切感じられない、ガツガツと貪るような動きだった。二人の体が跳ねるような激しさに、古い小さなベッドが壊れそうなほど軋む。
「あっ、あっ! は、ちくしょ……ッ」
 カイジはきつく目を閉じて抉られる衝撃に耐える。
 痛い。とても痛い。瞼の間から透明な滴が頬を伝って落ちた。
 だがカイジは眉を寄せ、与えられる痛みや苦痛だけを感じようとした。カイジには、痛みよりももっと厭わしいことがあった。それがこないようにするため、苦行のようにひたすら苦痛だけを追う。

 カーテンで和らいだ日差しが、アカキの背中越し、暗い天井にゆらゆらと模様を描いている。
 まるで波紋のようなその揺らぎを、荒れる呼吸の下、カイジは無心に眺め続けた。


 しかし、疎んでいた時間は必ずやってくる。
 苦痛の中に甘いものが混ざりはじめるのである。

 カイジはさらに神経を集中させ、必死に痛みだけを感じようとする、だが振り払おうとすればするほど、腰が浮くような甘さは逆に強調されていく。
 収縮する内壁をゴリゴリ擦るものがある場所を掠めたとき、カイジはびくんと体を震わせて、目を開いてしまった。
「っひ、あ!」
 濡れた声に目を細め、アカギはカイジの奥を穿ちながら問う。
「カイジさん、きもちいい?」
 声が漏れないよう、自分の口を両手で塞ぎ、カイジは透明な涙を撒き散らしながら、なんどもなんども首を横に振った。
「よ、く、ないッ……、きもちよく、ないっ……!」
「……そう」
 呆れ笑いのようなアカギの声。
 自分を見下ろすアカギの表情が、光の加減で、憐れんでいるように見えて、カイジは強く手の甲を噛みながら、目を逸らした。

 憐れまれるような事実など、ない。こんな行為に夢中になってしまうほど、あさましい体ではないし、オレはすこしも、感じてなんかいない。

「ーー素直に、溺れてた方が楽なのに」

 腹立たしい言葉。
 だがそれよりも、わずかに上擦ったその声に、カイジの心臓がどくりと跳ねた。
 濡れた瞳と目が合う。絡みとられるような視線。湿り気と熱を孕んだ吐息に、頭の芯が干上がりそうなほど煮立つ。
 明らかに感じているアカギの表情が、なけなしの矜持にしがみつくカイジを、肌の上を滑る指や舌よりも、腹の奥に打ち込まれた杙よりも強い力で、快楽の淵へ引きずり込もうとしてくる。
 苦痛と快感の境界線がどんどん曖昧にぼやけてきて、カイジは血が滲むほど唇を噛んだ。

「カイジさん、腕」
 上から、アカギが息で笑うのが聞こえ、体位を変えるために腕を伸ばすよう促される。

 オレはーー溺れてなどいない。溺れてなどいない。

 自分に言い聞かせながら、カイジはアカギに手を伸ばす。

 しかしその手のかたちは、溺れる者が水面をつかもうとするのに似ていた。





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