ねこっかわいがり・9(※18禁)




 夢だとわかっている夢から目覚めるのは、簡単なことだ。
 醒めろ、と念じるだけでいい。

 目を閉じたアカギがそう強く念じると、たちまちに意識が水底から引き摺り上げられるように浮上した。



「アカギ、いい加減起きろっ……! もう昼だぞっ……!」
 聞き慣れた声にゆっくり瞼を持ち上げると、恋人が自分の顔を覗き込んでいた。
「やっと起きたか……お前、ヒトんちでどんだけ寝るつもりだよ」
 呆れたようにため息をつく、その頭の上には、当然だが猫耳などない。
 アカギもため息をつき、伸びをしながら起き上がった。
「……すごい夢、みたよ……」
 欠伸混じりに言ってやれば、
「あ? 夢? どうでもいいよ、そんなもん……」
 などと、眉を寄せて返される。
「それより、今日は一緒に飯食う約束だったろ? お前がグースカ寝てるから、オレ腹減って死にそう……」
 だからとっとと支度しろ、と言って、さっさと部屋から出て行くカイジは、まごう事なき本物のカイジだったが、
(可愛くねぇな……)
 今の今まで夢の中の猫耳カイジと乳繰りあっていたアカギは、率直にそう思った。


 夢の余韻か、体にだるさが残っていたが、ダラダラとしてこれ以上カイジの機嫌を損ねるのも、あとあと面倒くさそうだ。
 言われたとおり、さっさと服を着替えようと、ベッドから抜け出したアカギの耳に、洗面所の方から短い悲鳴が聞こえてきた。
 続いて、ドタバタと居間に向かってくる足音がして、血相を変えたカイジが姿を現した。
 カイジはずんずんとアカギに近づくと、怒りを抑えきれないといった表情で捲したてる。
「見えるところにつけるなって、あれだけ言っただろ……!! このバカ……!! 変態っ……!!」「落ち着きなよ……、なんの話だか、さっぱりわからねえ」
 突然の変態呼ばわりにアカギが顔を顰めると、カイジは怒りに打ち震えながら、
「すっとぼけやがって……! これだよ、これっ……!!」
 と、自分の着ているシャツの首許を引っ張り、アカギに見せつけた。


 アカギは目を見開く。
 そこには、夢の中でつけたのと全く同じキスマークが、全く同じ場所に、くっきり赤く残っていたのだ。

「ったく、油断も隙もねえっ……! いつの間につけやがった、この野郎っ……!!」
 涙目で自分を責めるカイジの声も届かず、アカギはしばらく固まっていた。
「おいアカギっ……! てめぇ、聞いてんのかよっ……!?」
 睨みつけてくるカイジの顔をまじまじと見て、アカギはとりあえず口を開いたが、結局なにも言わずに口を閉ざすと、手を伸ばして猫耳のない黒い頭をくしゃくしゃに撫でてみた。

 猫耳のないカイジは夢の中のように、気持ちよさそうに目を細めたり、「もっと」と頭を擦り寄せてきたりはせず、
「あ? なんだよ……」
 と煩わしげに言ったが、アカギの手を避けたりはしなかった。
「なんでもない」
 と首を振り、アカギは手を離す。
 腑に落ちないようなカイジの顔を眺めていると、にゃあ、という微かな空耳が聞こえたような気がして、アカギは静かに笑った。







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