apron・2(※18禁)
一ヶ月後。
「はい、これ」
家に上げるなりずいと差し出された紙袋と、しげるの顔を交互に見て、カイジは眉を寄せた。
「……なんだ? これ」
「いいから、開けてみて」
促され、紙袋を手に取ると、それはずしりと重かった。
しげるが土産を持ってくるなんて珍しい。鼻を近づけて匂いを嗅いでみる。食べものではなさそうだ。
それじゃあいったいこれはなんだろう、と怪しみながら、カイジが紙袋の中を覗き込むと、そこには白い布に包まれた四角い塊がひとつ、丁寧に仕舞われていた。
取り出すと、それは長方形で、かなりの厚みと重さがあった。そして、まるでコンクリートブロックみたいに硬い。
「この布、外していいか?」
もちろん、としげるが頷き、カイジは白い布に手をかける。
そっと開いていって中身が明らかになると、カイジは目を瞠った。
「おま、こ、これっ……!!」
布に包まれていたのは、正真正銘、万札の束。
白い帯で止められたそれが、三束積み重ねられている。
恐らく一束百枚で帯封されているから、今自分の手の中にあるのはーー
「ささ、さんびゃく……」
突然現れた大金に目を輝かせるカイジに、しげるが言う。
「ねぇ、その布、広げてみてよ。本命はそっちなんだから」
「へ? 布……?」
目の前の札束に気を取られながら、カイジは言われたとおり布を広げる。
その拍子に札束が床に落ち、ドサ、と鈍い音をたてた。
が、カイジはそれを拾うことすら忘れ、広げた布を見つめていた。
「……」
札束のときとは違う種類の驚愕で言葉を失っているカイジに、しげるは愉快そうに声をかける。
「それ。裸の上に着てくれたら、その金全部、あんたにやるよ」
そう言って、しげるが顎で示すその布。
カイジが呆然と眺めているその布は、ちょうど一ヶ月前、図らずも鑑賞会をする羽目になったエロDVDの女優が着ていたそれと酷似した、白いフリルのたくさんついた可愛らしいエプロンだった。
カイジは蒼白な顔でエプロンを見たまま、口を開く。
「お前……どこでこんなもんを……」
かすかに震える声で問われ、しげるは首を傾げる。
「札束のこと?」
「コレのことに決まってんだろーがっ……!!」
見せつけるように白いヒラヒラした布を示され、しげるはああ、と呟く。
「それ? ちょっとした伝手でね、手に入れたんだ。あんたのために」
ーーなんなんだ『ちょっとした伝手』って。どういう伝手なんだ、それは。
心の中でツッコむカイジだったが、はっと我に返って首を横に振る。
いや、今はそんなことを気にしている場合ではない。
こんなもん着られるわけがないと、前回同様、突っぱねてしまわなければ。
ため息まじりに、カイジは切り出した。
「あのなぁ……しげる……」
しかしそこで、床にごろごろと転がっている三つの束が視界に飛び込んできて、思わず口を噤む。
カイジの意識が札束の方へ行ったのを見計らい、しげるは屈んでその中の一束を拾い上げる。
「それ着るだけで三百万……悪い話じゃないと思うけど?」
悪鬼めいた笑みを頬に上らせながら、しげるは見せびらかすように札束をカイジの眼前に持っていく。
もはや完全に札束に釘付けになっているカイジの目が、金とプライドの間で激しく揺れ始めたのを見て取って、しげるはさらにカイジを追い詰める一言を口にする。
「月末、厳しいんでしょ?」
「ぅぐっ……!!」
痛恨の一撃を与えられたかのように、カイジが唸る。
確かに、今は給料日前。日々を食いつなぐのがやっとの状態。この三百万、本当は喉から手が出るほど欲しい。
その思いを見抜いているかのようにニヤリと笑うしげるに、カイジはギリ、と歯を食いしばる。
(ここまで計算づく……!? このガキ、まるで化け物っ……!!)
カイジが青息吐息である月末を狙ってこの要求をふっかけてきたしげるの狡猾さに舌を巻きつつ、カイジは思惑通り揺さぶられてしまうのを止められなかった。
前回、カイジがあれだけ主張していたプライドは、三百万の重みを前に、風前の灯火と化しつつある。
あと一押しすれば、金に目の眩んだカイジの心はずるずると押し流されてしまうだろう。
それを敏感に察知したしげるは、カイジに近づき、絡め捕るように囁く。
「ほら……どうするの?」
同時に、厚い万札の束でぴたぴたと頬を叩かれ、カイジは心の中のなにかがぽきりと折れるあっけない音を聞いた。
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