色魔・1(※18禁) アカカイ 青姦 アカギが悪魔なパラレル


「そういやおまえ、色魔の噂を知ってるか?」
 深夜のコンビニ。
 雑誌を立ち読みしている若い女に、連れの男が話しかけた。
「しきま? なによそれ」
 女は雑誌から顔を上げ、怪訝そうな顔をする。
 二人の隣で入荷したての雑誌を品出ししているカイジにとっても、それは耳慣れない言葉だった。
「最近、よく耳にする話なんだけどさ……」
 声を潜めるようにして始まった男の話に、ハサミで黙々と結束を解きながら、カイジはなんとなく、聞き耳をたてる。


 男の話によると、最近、夜の町に『色魔』というものが出るのだという。
 繁華街の路地裏を歩いていると、一人の男に声をかけられる。
 年の頃は十代後半から二十代前半。風貌は普通の青年だが、それに不釣り合いな白い髪と、白い肌をしているので、噂を知っている者ならそれが『色魔』だとすぐにわかるらしい。
 その男は、出会うなり簡単なギャンブルをふっかけてくる。
 男が提げる鞄の中には、札束がぎっしりと詰まっていて、賭けに勝てば、それをすべて手に入れることができる。
 ――しかし、負けたら。
 
 そこで勿体ぶるように言葉を切った男に、女が身を乗り出すようにして問いかける。
「――負けたら? どうなるの?」
 男はニヤリと意味深な笑みを浮かべ、さらに声を潜めて言った。

「貞操を奪われるらしいぜ」
 

 それを聞いた女が、顔をしかめる。
「ていそう? それって……」
「ヤられちまうってこと」
 女は大きく身震いし、自分の体を両腕で抱きしめる。
「やだ! その『色魔』って、男なんでしょ?」
「それがさ、狙われるのは若い女だけじゃねえんだ。被害者は老若男女、美醜を問わず、いるらしいんだよ」
「げっ!」
 女が露骨に嫌悪感を露わにする。
「なにそれ! そいつただの変態じゃない!」
「だから『色魔』なんて呼ばれてんだろ」
 男はさもおぞましそうにつけ加える。
「色魔に負けた人間は、あまりの激しさに、みんな一様に髪の毛の色がすっかり抜け落ちて、真っ白になって戻ってきたって話だぜ」

 美人の女だったらこっちからお願いしたいけどなー、勝っても負けても得すんじゃん?
 そんなバカなことを男が言ったため、女が怒って出て行ってしまい、男も慌てて女を追いかけて出ていった。


 女が適当に置いて行った雑誌をもとの位置に並べ直しながら、カイジは今の話を反芻する。
 件の噂の繁華街は、カイジの行きつけのパチンコ屋のすぐ近くなのでよく知っている。しかし、そんな噂話を聞いたことはなかった。

 自分がそういう噂の類に暗いと自覚しているカイジは、そういう話に明るそうな奴に訊いてみることにした。
「佐原」
「えっ、なんすか」
 カイジと交代するため店に出て早々、カイジから話しかけられて佐原は目を丸くする。いつも、専ら自分から話しかけるばかりで、カイジから話しかけられることなどほとんどなかったからだ。
「色魔って知ってるか」
 カイジの問いかけに、佐原はすぐさま、ああ、と頷く。
「知ってますよ。ギャンブルに負けたらヤられちゃう、ってやつでしょ?」
 至極シンプルに答えてから、佐原はすぐさま半眼になってカイジを見る。
「そんなこと訊くってことは……カイジさんもしかして、興味アリっすか?」
「え、」
 べつにそういうわけではない、とカイジが否定するより先に、佐原が顔の前で大仰に手を振って見せた。
「無理無理! 無理っすよ! 化け物みたいに強いらしいですから……まぁ化け物なんすけど。もう十人以上が色魔と勝負したけど、誰ひとり勝てたヤツがいないって噂っすよ。いくらカイジさんが腕に自信あったとしても、五秒で掘られちまいますよ」
 早口でまくしたてられてカイジは流石にむっとしたが、佐原がレジ打ちを始めてしまったので文句を飲み込み、バックヤードへと引っ込んだ。

 着替えをしながら、噂話について考える。
 負けた者の貞操を奪う白い男。色魔。
『ギャンブル』と『鞄の中の大金』というワードが心に引っ掛かったが、あまりに現実味に欠け、バカバカしい都市伝説。カイジは心中でそう、ばっさり切り捨てて、忘れ去ることにした。
 そう、その時は。



 翌日。
 バイトが休みで、おまけに給料日だったので、まるでそうするのが当たり前であるかのように、カイジは昼ごろ起きて服を着替えると、まっすぐにパチンコ屋に向かった。
 そして、気が付けばすっからかんの財布を手に、パチンコ屋の前で途方に暮れていたのであった。
(ぐっ……! くそっ……! くそっ……!)
 歯噛みして悔やんでも後の祭りである。泣き喚き、地団駄踏みたくなるのを理性でぐっと堪え、カイジはポケットに手を突っ込んで歩き出す。
 冬の日は短い。薄闇にネオンのうるさい街をとぼとぼ歩きながら、カイジはふと、昨日聞いた噂話を思い出した。

 色魔。
 ――本当にいるのだろうか?

 一度は『バカバカしい』と一蹴したが、ギャンブルをするにも、もう種銭がないカイジは迷った。
 勝てば、大金を得ることができる。でも負ければ、貞操を奪われ、髪が真っ白になるくらいの責め苦を味わうことになる。
 貞操か……。しかも相手は男。どんな目に遭わされるのか、想像したくもない。
 しかし……。
 カイジは意を決し、踵を返す。
 目の前に転がっているチャンスを、みすみす見逃すわけにはいかない。その色魔とやらに、誰一人勝てたことがないというのも、気になる話だ。
 第一、色魔とやらが、本当にいるかどうかも、怪しいし。なにもなければ、それはそれでいい。
 うだうだと心中で理由を並べているが、カイジは結局ギャンブルの、大金の誘惑に負け、ふらりと路地裏へ足を向けたのだった。



 しばらく、カイジは路地裏をうろついてみた。
 しかし、誰かに声をかけられることもなければ、噂で聞いたような人物も見あたらない。
 それどころか、平日の夕方の路地裏は、人の気配そのものが皆無だった。

 カイジはため息をついた。
 やはり、事実無根の与太話だったのだ。
 もしくは、タイミングが悪かっただけなのかもしれないが、カイジはがっかりするのと同じくらい、ほっとしていた。
 本当は、心のどこかで恐れていたのだ。色魔なんて、得体の知れないモノを。



 家に帰ろうと思ったところで、自動販売機が目に入った。
 缶コーヒーを買うくらいの金は残っていたので、せめてあたたかいものでも飲もうと、財布を取り出す。
 小銭を摘まもうとして、指が百円玉を弾いてしまった。
 地面に落下し、コロコロと転がっていくそれを慌てて追うと、やがてその先にあったスニーカーに当たって倒れた。
 スニーカーの主が、百円玉を拾い上げる。
 ありがとよ、と礼を言おうとして、顔を上げたカイジは固まった。


 晒したように白い、髪と肌。
 黒い外套が、その異常なほどの白さを殊更際だたせている。
 しかしその顔や体つきはまだ、青年と言っていいほど若い。

 カイジは息をのみ、無意識に後じさった。一目で、男がヒトではないものだとわかったからだ。
 それくらい、男の醸し出す雰囲気は異様だった。
 男は少し目を細め、カイジをまっすぐ見て、言った。

「オレと賭けをしませんか」

 その声は、男の見た目よりも、ずっと人間くさく、軟質なものだった。
 そのことが、硬直していたカイジに言葉を発する余裕を与えた。
 乾いて張り付いた喉から、掠れきった声を絞り出す。

「お前……、色魔、か?」

 言ってからカイジは、しまった、と思った。
 相手は鬼か蛇か、得体の知れないものなのだ。こんなずけずけと物を言って、機嫌を損ねたりしたら、何をされるかわからない。
 カイジはビクビクと男の顔色を伺ったが、男は口の端に笑みを滲ませ、

「人間は、オレのことそう呼ぶね」

 静かな声で言った。



 カイジの全身に緊張が走った。
 この男が、色魔。本当に存在した。

(と、いうことは……)
 カイジが目線を男の手許に落とすと、果たしてそこには、茶色のボストンバッグが提げられていた。
 噂が本当だとすると、あの中にぎっしり札束が……?

 バッグを凝視するカイジの目の前に、男が拾った百円玉をぬっと突きだした。

「コイントス。表か裏か、あんたが選ぶ。選んだ方が出たら、あんたが釘付けになってるオレの持ち金、ぜんぶ渡そう」

 男はそう言うと、押しつけるようにバッグをカイジに渡し、中を改めるよう言った。
 カイジが恐る恐るファスナーを引くと、中には山のように札束が入っている。
 
 カイジはそこでようやく、バッグから目線を剥がして男を見る。
 男はカイジの目を見返しながら、その思考を読み取ったように、言葉を続けた。
「そして、もし、選んだ方が出なかったら……」

 出なかったら……。
 カイジはごくりと唾を飲み込む。
 男の口から紡がれるであろう、おぞましい言葉に身構える。

 だが男は、白い指でカイジをすっと指さして、

「あんたの、その黒が欲しい」

 とだけ、平板な声で告げたのだ。

 ……くろ?
 予想を裏切られた上に、男の口から飛び出した意味不明な言葉に、カイジはぽかんとする。
 なにか詳しい説明があるのかとカイジは男が口を開くのを待ったが、男は男でカイジの返事を待つようにずっと黙っているので、結局業を煮やしたカイジから口火を切ることになった。

「……どういう意味だ?」
「どうって……そのまんまの意味だけど」

 なにも不思議なことはない、とでも言いたげな男の様子があまりにも自然すぎるので、カイジは自分がなにか聞き間違いをしたのかと思いそうになる。

 黒。くろ。クロ。
 男の指さす先を辿ると、その先にあるのはカイジ自身の顔だった。
 カイジは肩の上に垂れた、自分の髪を摘まむ。
「黒、って……これのことか?」
 おっかなびっくり問いかけると、男は腕を下ろしてこくりと頷いた。
「オレの、髪が欲しいのか?」
「本当はそうじゃないんだけど……説明するの面倒だし、まぁそう思ってもらえればいいよ」
 おざなりな男の言葉に、カイジは驚いた。

 なんだコイツーー気色悪い。野郎の髪なんて、一体どうするつもりなんだ?
 いや、今注目すべき点はそこではない。
 あの大金を得られるかもしれないギャンブルの対価が、髪だけなのか?
 貞操を持って行かれるという不穏な噂は、それこそ単なる噂だったのだろうか。
 でも確かに、男は今そう言ったのだ。
 カイジの『黒』がーー、髪が欲しいと。


 だとしたら、このギャンブル、乗らない手はないのでは?
 勝てば大金。負けても、髪の毛を奪われるだけ。
 たとえ滅茶苦茶に切り落とされたとしても、髪なんてものは時間が経てば自然と伸びてくる。
 命を脅かされるようなギャンブルを何度も経験してきたカイジにとって、髪などという対価はぬるま湯の如きものだった。
 こんなおいしい話、後にも先にも二度とないかもしれない。

 
 人口に膾炙した都市伝説というものには、たくさんの尾鰭背鰭がついているものだ。
 カイジの聞いた色魔の噂だって、人から人へと語られていくうち、今の形に変化を遂げたのかもしれない。
 対価が貞操だなどという、荒唐無稽な話に。

 そう思い込みたい自分の意志が、思考に大きく影響していることに気づいてはいたが、目の前にぶら下げられた大金という餌に、カイジはすっかり冷静さを欠いてしまっていた。
 こんなチャンス、みすみす見逃す手はない。
 しかし、何事も保険をかけておくにこしたことはない。
「条件があるっ……!」
「条件……?」
「コインを投げるのはオレだっ……! それが飲めなきゃ、オレは下りるっ……!」
 コインに細工でもされていたらコトだし、この得体の知れない男に投げさせるより、自分が投げた方が勝率は確実に上がる気がした。
 カイジの強い言葉に、男はあっさりと頷く。
「構わない」
「へっ……? いいの……!?」
 てっきり拒否されると思い込んでいたカイジは拍子抜けした。
 負けても、カイジは髪を切られるだけ。対して男は、大金を失うのだ。
 互いの条件はまったく平等ではなく、男のリスクが大きすぎる。
 だからこそ、男にコインを投げる権利があるのが当然のことのように思えるが、男はカイジが投げても構わないと言った。
 噂で、男は誰にも負けたことがないと聞いた。よほど、自分の運に自信があるのか?
 カイジはもう一度念を押す。
「本当に、いいんだな……?」
「ああ。好きにしたらいい」
 男が百円玉を差し出してきたので、受け取って注意深く点検する。
 表にも裏にも、どこにも細工した痕跡はない。
 ごく普通の硬貨であることを確認して、カイジは肯定の意志を示すようにぎゅっとそれを握った。
「よしっ……! この勝負……、乗ったっ……!」
 ニヤリと笑うカイジに、男も口端を持ち上げた。
「表? 裏?」
「お、表っ……!」
「わかった」
 カイジは軽く握った右手の、親指の上に百円玉を置く。
 そして軽く深呼吸して、男をまっすぐ見据えた。
「それじゃあ、いくぜ?」

 カイジが勢いよく弾いた百円玉が、ふたりの真上で光を反射して鈍く光った。




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