夏の昼の夢(※18禁)・1 「夕間暮れの秘め事」の続き


 蒸し暑い夏の日だった。
 ロクな冷房器具もない、狭い部屋。フローリングの床に腹這いに寝そべり、しげるは読むともなしに雑誌をパラパラと捲っていた。

 窓の外は、雲ひとつない快晴。
 短い命を振り絞って鳴くアブラゼミの大合唱が、絶えず耳の奥をさざめかせる。

 網戸越しにゆるく吹き込んでくるのは、湿り気を帯びた熱い風。
 カタカタと今にも壊れそうな音をたてながら首を振る扇風機が、申し訳程度の涼を振りまいている。
 卓袱台の上に置かれた麦茶のコップの中で、溶けた氷がカランと音をたてた。

「あっちぃ……」
 卓袱台を挟んだ向こう側、うんざりしたような呟きを漏らすのは、この部屋の主であるカイジ。
 黒いタンクトップにトランクスという、だらしない格好で仰向けに寝転び、特になにをするわけでもなく、虚な目で天井を見上げている。
 卓袱台の足に見え隠れする弛緩した様子に、視覚的な暑さを煽られ、しげるは眉を潜めた。

 気温の変化には強い方だが、不快指数は一秒ごとに高まっていく。
 しげるはため息をつき、腹這いのままカッターシャツの釦を外していく。

 汗に湿った開襟を肩からはだけ、ふと、卓袱台の足の向こう側に目を向けると、ばちんと音を立てるようにして、大きな目と視線がかち合った。
 すぐさま、慌てたように目を逸らされる。
 陽に灼けた頬が、うっすらと赤く染まっていた。

 間違いなく、見られていた。
 紺色のタンクトップから覗く、発育途上の華奢な肩。
 その肌は抜けるように白く、若さゆえにハリがあって瑞々しい。
 見てくれでまず侮られ、面倒ごとの種にすらなる己の体を、しげるはあまり好きになれなかったが、そこに釘付けになっていたことをごまかしきれていないカイジの横顔に、切れ長の目をスッと細めた。

 カッターを脱ぎ捨てて音もなく立ち上がり、卓袱台を回り込んでカイジの傍に立つ。
 床の上に広がりうねる長い髪。
 しっとりと汗ばんだ体。
 下履きから伸びる、たっぷりと肉付きの良い太腿。
「……んだよ……」
 気まずそうにぼやく八つ歳上の男を見下ろし、しげるは嘲るように言い放った。
「カイジさんのスケベ」
「……なっ……、ッ……!?」
 怒りにサッと顔を赤くしたカイジが体を起こそうとするより早く、しげるはその腰の上にドスンと跨がる。
 急な重みに顔をしかめるカイジを傲然と見下ろし、しげるは片頬をつり上げた。
「……ってぇな! いきなり、なにすーー……」
 吠えつくカイジを無視して、しげるは己のタンクトップの裾に手をかけた。

 腹から胸へ。ゆっくりと、見せつけるように布地をたくし上げて半身を晒していくと、カイジが息を飲む気配がした。
 見開かれた大きな双眸は、今度はごまかしようもなく、食い入るようにしげるの白い体を見つめている。

 わざと焦らすように時間をかけ、タンクトップを脱ぎ捨てると、乱れた細い髪の隙間から、しげるはカイジを見下ろした。
 誘うような目つきに、カイジの喉が大きく上下する。

 ここしばらく、もう一人の自分がこの部屋を訪ねていないことを、しげるは知っていた。
 ふたりの間に不和が生じたわけではなく、単に都外での代打ちのためらしいが、しげるにとってこれは、カイジにつけ入る絶好のチャンスだった。

 案の定、男の肌に慣れ過ぎているカイジは、欲求不満の体を持て余し、しげるとの情事への抵抗感を薄れさせている。
 恋人を裏切る罪悪感を、肉欲が凌駕してしまっている。
 飢えた犬のように物欲しげな表情を晒していることに、本人はまったく気がついていないようだけれども。

 そんないやらしい体に仕込んだのが、もう一人の自分だという事実には腹が立つが、当人が不在の今、それを利用しない手はない。

 ーー寂しい思いをさせるなって、あれほど忠告してやったのに。身から出た錆だ。

 優越感に、しげるの口角が自然とつりあがる。


 無言で見つめ合う妖しい空気の中、正午を知らせる近所の小学校のチャイムが、場違いなほど明るく響き渡る。
 それを合図に、しげるはゆっくりと、カイジの上で腰を揺すり始めた。
「あ……っ、し、しげ……」
 布越しに、カイジの男根に己のそれを擦り付ける。
 戸惑ったような声をあげ、逃げようと身を捩るカイジ。
 その動きを封じるように、しげるはカイジに覆い被さり、隙間なく体を抱きしめて唇を塞いだ。
「ん……ッ! ぁ、あふ……っ」
 驚いたように目を見開くカイジの唇を強引に舌で割り、容赦なく口内を犯す。
 思いきり顔を背けようとするのを許さず、歯列を舐め、唾液を送り、ぴちゃぴちゃと舌を絡めながら、しげるは自分のモノとカイジのモノを擦り合わせる。
 性感をダイレクトに刺激するような口づけと、布越しのもどかしい快感に、カイジは身悶えながら鼻にかかった甘い声を漏らし始める。

 カイジの体は快楽に溺れやすい。弱々しく拒絶を示す態度とは裏腹に、すでに下履きの薄い布地の下では、陰茎を硬く勃起させていた。
 布越しでも感じられるその熱さに、スラックスの中のしげるの陰茎も、急激に硬度を増していく。

「ん……っ、だ、ダメっ、しげ、るっ……」
 激しいキスの合間、涙声で必死に訴えてくるカイジに、しげるは吐息で囁く。
「駄目……? なにが、駄目なの……?」
 意図的にグリグリと強く腰を押し付けると、はぁ、はぁ、と浅い呼吸を繰り返しながら、カイジは答えた。
「あっ、そ、そんなん、されたら……っ、んっ、きもちよく……なっちまう……っ」
 喘ぎながらも律儀に答えるその姿の淫らさに、しげる喉を鳴らして笑う。
「カイジさん、好きでしょ。きもちいいの」
「……ッ……!」
 答えに詰まるカイジを見て、しげるは酷薄な笑みを深めた。
「だったら、べつにいいじゃない」
 揶揄うようにそう言って、しげるは腰を動かすのを止める。
 わかりやすく拍子抜けした様子のカイジに、しげるは密やかに告げた。

「ねぇ。もっときもちいいこと、しようか」



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