その4



「ロン」

 酷薄な笑みを浮かべたアカギが、手元の牌を倒す。
 身を乗り出すようにしてそれを見詰める男の顔は血の気を失い、漂白されたかのように白い。

「悪いな……オレの勝ちだ」

 冷たい響きをもって静寂を震わせた、その台詞を合図に倒れるように卓に突っ伏す男を、周りを取り囲んでいるヤクザたちが困惑の表情で見守る。

 少しの間。

「うおぉ、あ、アカギぃっ……!!」

 とつぜん大きな声を上げたかと思うと、アカギの付き添い人であるカイジが、両手を上げてアカギに襲いかかった。

 すわ仲間割れかと周囲が驚く中、カイジはアカギにひしと抱きつく。

「ううっ……生きてるっ……!! 生きて帰れるっ……!! よかったぁぁ……」

 男にしがみついておいおい泣くカイジに場が騒然となる中、アカギだけが平然とした顔で、タバコを取り出していた。

「カイジさん。犬。犬になってる」

 タバコをくわえながら、アカギはカイジの背中をぽんぽんと叩く。
 はっと我にかえり、カイジはものすごい勢いでアカギから離れた。

 そのはずみで、頭をすっぽり覆っていたフードがぱさりと落ちる。
 現れた光景に、さらなる困惑のどよめきが室内を揺るがせた。




「くそ……またやっちまった……」

 黒い獣耳を下げきったカイジに、アカギは事もなげに言う。
「いいじゃねえか。勝ったんだから」
「お前はよくても、オレはよくねえんだよっ……!」
 カイジは深くため息をつく。

 さっきみたいに感情が高ぶると、カイジは無意識のうちに犬のような行動をとってしまうのだ。

 どういう仕組みだかわからないが、あのスーツの男にカイジが手を加えられたのは見た目だけではないらしい。
 我を忘れるような感情の起伏があるとき、カイジは内面も犬になってしまうのだ。

 情報収集のためアカギと行動するようになったのはいいものの、アカギが無茶ばかりするおかげでカイジはヒヤヒヤし通しで、嫌でも神経が興奮し、結果、犬になる回数がどんどん増えている。

 しかも。
 カイジはアカギの横顔を盗み見る。

 犬モードの時の自分の行動を鑑みるに、どうやらカイジの中の犬の部分は、アカギを主人として認識しているようなのだ。
 さっきの行動だって、まさにご主人様に飛びつく犬そのものである。

(最悪だ……)

「さして有益な情報はなし、か……ヤーさんがこんだけ手こずるってことは、連中、しっぽを隠すのが相当上手いらしいな……」
 カイジの心情を知ってか知らずか、ヤクザから渡された書類を繰りながら、アカギがカイジに話しかける。
「まあ、金ならたんまり手に入ったことだし、肉でも食いにいきましょうか」

『肉』というワードに、黒い獣耳がぴんと立つ。長いベンチコートの下で、しっぽが激しく揺れる。

 カイジの中の犬は、どうやら食欲に弱いらしかった。
「よしっ……!! 肉だ肉だっ……!! 食うぞっ」
 さっきまでの落ち込みはどこへやら。
 いそいそとフードをかぶりなおす現金な様子に、アカギは息だけで笑った。


つづく?



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