その3



 かわいいでしょう? ちょっと気が強いんですけど、いちおう女の子ですのよ。
 あの、もしかして、あなたもおうちで犬を飼ってらっしゃるの?

 ……いえ、実はこの子、人見知りが激しくて。見知らぬ方にこんな風になることって、あまりないものですから。
 もし犬を飼ってらっしゃるなら、そのにおいに惹かれたのかなと思いまして。





 買ってきたタバコを持ったまま、アカギはその光景をしばし眺めていた。

 平和な午後の公園。
 古ぼけた木製のベンチの前に立ち、ほがらかな笑い声を響かせる中年女性。

 その足元には白い小型犬。
 短いしっぽをふりたくり、つぶらな黒い瞳を爛々と輝かせて、ベンチに座っている人物の足にじゃれついている。

 足の主は、長いベンチコートの前をしっかり閉じ、フードを深くかぶった、不審者一歩手前の男。

 アカギの連れの伊藤開司である。

 小型犬はこの、見るからにうさんくさい男を相当お気に召したらしく、その足にまとわりついて離れようとしない。
 カイジは途方にくれたようにそれを眺めながら、女性の話に、はあ、とか、ああ、とか生返事を返している。

 そんなカイジの様子などおかまいなしに、女性はほとんどひとりで喋りまくっている。
 カイジの風体は誰がどう見たって怪しいが、そんなことは気にならないようだ。
 それほど、愛犬の珍しい様子に興奮しているのだろう。


 たっぷり五分はそれを傍観したあと、アカギはベンチに近寄った。
「カイジさん」
 声をかけるより一瞬早く、犬がカイジの足元から離れ、ちいさな耳を伏せながら女性の後ろに隠れた。

 女性がアカギにぺこりと頭を下げる。
「私ったら、つい話し込んでしまいましたわ。どうも失礼いたしました」
 とても上品な笑みをカイジに向け、女性は犬と共に去っていった。


 その背中を見送りながら、アカギは口を開く。
「お待たせ」
「おっせぇよ! タバコ買うのにどんだけ時間かかってんだっ……!」
 よほど女性をもてあましていたのか、開口一番にまくしたてるカイジに、アカギはタバコを差し出す。
「お手」
「なっ……!! 死ねっ……!!」
「クク……冗談、冗談」
 そう言いながらも、アカギは笑い続けている。

「いくら見た目を隠しても、同じ犬にはわかっちまうんだな。同族のにおいってやつがさ。なぁカイジさん」

 苦虫を噛みつぶしたような顔で、カイジはアカギの手からタバコをひったくった。



つづく?


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