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 欲が薄い、と言われたことがある。
 この世の何ひとつ、欲しいものなどなさそうだと。
 ーーなんだかプライド傷ついちゃうわね。赤木さん、こんな時でもすごくドライなんだもの。
 冗談めかして肩を竦める、顔も体も思い出せない商売女の声が、頭を過ぎって消えていく。


 くだらないことを思い出していたのは、気を散らすためだ。
 歯型のついた肩が震えている。そこに唇を寄せ、くっきりとした己の噛み跡を確かめるように舌でなぞると、日に焼けた肌が引き攣るのがわかった。
 敏感すぎるその肌の持ち主とすこしでも長く繋がっているため、どうでもいいような過去のことに気をやっていたのだ。

 我慢など性に合わないが、この人は未だオレとの情事に慣れておらず、イくとすぐにへばってしまうから、一度の行為をできるだけ長く保たせる必要がある。
 オレの方は一度や二度じゃ収まりがつかないのがわかりきっているから、結局はこの人に負担をかけることになるんだけど。

 ーーお前、がっつき過ぎ。どんだけ溜まってんだよ。
 いつか、死にそうな顔でそう言われたことがある。そのとき初めて、自分が溜まってたんだってことに気がついた。
 こんな風に誰かを求めたことなんてなかった。夜が明けるのにも気づかないくらい、獣になって、幾度も幾度も。セックスも、腹を満たすことも、睡眠でさえも、文字通り『貪る』なんてこと、今までなかったのに。

 唾液にまみれた胸が上下している。呼吸に合わせて中が収縮して、性器をゆるく絞ってくる。
 せっかく気を散らそうとしているのに、この人の体はそれを全力で阻止してくる。欲に流されやすい体だと思う。本人に自覚はないのだろうが。

 呆気なく箍を外されて、オレもまた欲に流されるまま胸に顔を埋める。やわらかさの欠片もない平らな胸に歯を立て、固くしこった乳首を舌で転がす。
 長い髪を振り乱して嫌がっているのに、やわらかい肉の壁は嬉しそうに絡みついてくる。
 淫乱な体に、腹の底が熱くなる。求められるまま腰を動かすと、組み敷いた体が弓なりにしなった。

 より激しく穿つため、ベッドに手をついて身を起こす。
 見下ろす形になった男の体には、散り落ちた桜の花びらに埋め尽くされたような無数の痕と、感じる箇所にだけ目印のように点在する歯型。
 執着的なほどの愛撫の痕跡に、笑いが漏れた。
「ひでぇな……」
 呟くと、潤んだ黒い目がオレを睨む。

 ーー本当に、あんたはひどい人だ。
「あんただけだよ。オレのこと、こんなに滅茶苦茶にできるのは」

 欲が薄いと言われていた。この世のなにひとつ、欲しいものなどなさそうだと。
 だが欲が薄いわけではなく、単に出会っていなかっただけだったのだ。全身の血液を沸騰させるような欲望を抱く相手に。

「……んだよ、それ……っ、笑えねぇ……っ」
 苦しい息の合間に、男が噛みついてくる。滅茶苦茶にされてるのは自分の方だと言いたげに。
 あんたへの欲望で頭の中を滅茶苦茶にされてる、こっちの気も知らないで。

 怒りに任せて強く掴まれた腕に、男の爪が食い込んでいる。
 その微かな痛みにすら欲情してしまうなんて、もはや笑うしかない。
 苦笑いに喉を鳴らすと、「笑ってんじゃねぇっ」なんて怒られて、尚更、笑うしかなかった。





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