レインメイカー


 レインメイカー。

 神のような手腕を持ち、奇跡を起こして雨が降るような大金を稼ぐ人物のことを自国ではそう呼ぶのだと、金髪の男は脂ぎった顔を歪めて笑った。

 政治家や財界の要人御用達の秘密クラブであるこの場所には、たくさんの商売女がいるはずなのだが、この男は広い個室に女の一人も呼ばないどころか、身辺警護人さえ追い出してアカギとふたりきりになった。
 その時点で悪い予感はしていたが、マイレインメイカー、と囁きながら肥えた白い手をアカギの方へ伸ばしてきたため、アカギはその手を払い除けて立ち上がった。
 お前のものになった覚えはない。
 そう言い捨てる気すら起こらず、非難まじりに呼び止める声を背に、アカギは豪奢な部屋を出た。

 
 秘密クラブはもちろん、依頼主の男自身にも、露ほどの興味もなかった。
 ただ、面白い博打が打てればそれでよかった。それだけで男からの依頼を引き受けたのに、蓋を開けてみれば異国の有名ギャンブラーも大した鉄火打ちではなかった上に、依頼主の男に目をつけられて面倒だけが増えた。
 渋々同行した高級クラブも悪趣味極まりなく、海外の高級酒も別段うまいとは思わなかった。

 アカギは苛立っていた。廊下に、女の喘ぎ声が響いている。部屋は防音が行き届いているから、音源はトイレかどこかだろう。個室まで待てなかったのか、それともそういうプレイを好む輩なのか。普段は気にも留めないのに、甲高いその声が今日はやけにアカギの気分を逆撫でた。忌々しい気分の腹いせに、音の発生源を探り出して殴りつけてやろうかなどと、らしからぬ思考まで浮かんでくる。

 外は土砂降りだった。しかし今のアカギには好都合だった。依頼人から連絡を受けたのか、待ち構えていた黒いスーツの男たちが伸ばしてくる手をあっさりと躱し、雨に煙る闇の中、躊躇いもなく足を踏み出した。

 かなりしつこく追われていたようだったが、うまく撒いたのか諦めたのか、やがて静かになった。土地勘のない場所を出鱈目に走ったため、現在地がどこなのかも不明だったが、アカギは気にしなかった。
 何屋なのかもわからない店の軒先で、落書きだらけのシャッターに背を預けながらタバコを取り出す。火を点けようと試みたが、ライターもタバコもすっかり濡れてダメになっていた。舌打ちし、地面に唾を吐くように咥えたタバコを吐き捨てる。

 濡れそぼった前髪を掻き上げると、通り向こうにぼんやりと、いくつも並んだ灯りが見えた。
 高層マンションの灯りだった。似ても似つかないというのに、アカギは見慣れた安アパートの部屋の灯りを思い出した。

 そんなものを思い出すとは、存外自分は酷い気分なのかもしれないと、他人事のようにアカギは思う。
 雨足は激しさを増している。今夜のような土砂降りに、降られるのが似合ってしまう男だった。ボロボロの体で雨に打たれながら歩いていた男に偶然出会して、一緒に男の住処である安アパートへ帰ったこともある。

 しかしどんな辛酸を舐めさせられても、闇より黒いその瞳は決して濁ることなく。
 ひたむきに、狂おしいほどにただ、勝利への道を見つめていた。


 レインメイカー。
 アカギは小さく呟く。

 いつか、その男に降り注ぐ土砂降りの雨が、大量の紙幣に変わる時が必ず来る。

 アカギにそう確信させるほど、鮮烈ななにかが男にはあった。
 のみならず、男は側にいる者たちの心にも、さまざまな嵐を齎すようだった。狂気、羨望、そして希望。
 無論、アカギも例外ではなく。こんな酷い夜に、顔を見たいなどと思ってしまうくらいには、アカギはその男に掻き乱されているのだった。
 
 今は遠く離れた場所にいるその男に思いを馳せながら、アカギはゆっくりと目を閉じる。
 瞼の裏に焼きついた灯りの残像は、いつまでもチラついて離れなかった。
 
 



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