惚れたが負け カイジさん視点 短文



 堤防が決壊したかのような轟音が、騒がしいフロアにひときわ大きく響いた。
 溢れ出すように広がっていく銀色の波を、呆然としながら見つめる。
 遠くの台でぽつんと打っているオッサンがチラリとこっちを見たが、何事もなかったかのように台に向き直る。
 ぶつけた脚がじんじんと痛むのを感じながら、オレはぼんやりと座り込んでいた。


 上の空で打ってるときに限って、滅多に出ない大当たりが出た。
 でも、上の空だったから、ドル箱を運ぶ途中、派手に転んじまった。
 古くて客の入りも少ないちいさな店で、パーソナルシステムを導入していなかったし、店員は呼んでも来なかったから、仕方なく自分で運ぼうとしたのが運の尽きだった。



 溢れ出した出玉は、黒い床の上を、遠くまで散らばっていく。
 拾わなくちゃと思うのに、なぜかそれに見とれてしまった。
 赤や青にチカチカ光る照明を受けながら床を滑っていく、無数の銀色の粒。

 なんだか、綺麗だった。
 涙の粒のようにも見えた。
 オレの心も、こんな風に散り散りになって、どこまでも転がっちまえばいいと、すこし投げやりに、そう思った。


 低音が腹の底を打つような店内BGMを聞き流しながら、ひたすらぼうっとしていると、やがて、よく磨かれた革靴が視界の端に映った。

 革靴の主はしばらくの間、黙ってオレを見下ろしていたが、オレは無視して顔を上げなかった。

 すると、その人はしゃがんで玉を一粒、拾い上げる。
 派手に散らばったオレの心の一片が、焦がれた白い指先につまみ上げられたような気がして、泣きたいわけじゃないのに、視界が勝手に滲んだ。

「ちゃんと拾ってください。……全部」
 ぴしゃりと言うと、拾った銀の玉を手の中で弄びながら、その人はぼそりと呟いた。
「悪かったよ。約束、すっぽかしちまって」
 低めの、すこし嗄れた、大好きなその声を聞いた瞬間、両目から涙が溢れ出した。

 ぼろぼろと零れ落ちる熱い涙が、銀色の粒の上にぽたぽたと落ちる。
 すると、その人は手を伸ばし、涙を掬い上げるようにしてオレの目許を拭う。

 本当は、この人がこんな場末のパチンコ屋までオレのことを探しにきてくれたってだけで、もう色んなことがどうでも良くなっていたんだけど、オレは半ば意固地になって無言を貫く。
 すると、その人がオレの顔を覗き込んできて、射るようにまっすぐなその目にドキリとする暇もなく、唇を塞がれた。

 やわらかく伏せられた薄い瞼。疎らな、短い睫毛。
 どうしたって憎みきれない。
 さんざんに散らばった心だって、筋張った長い指に、いとも容易く拾い上げられてしまう。

 どこかの台でジャラジャラと玉の流れ出る音を聞きながら、オレはわずかな悔しさとともに、そっと目を閉じるのだった。





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