鼻血 短文



 あ、と思う間もなく、ぱた、たっ、と音がして、赤いシミが点々とシーツに広がった。

 とっさに仰向いて鼻の付け根をつまむ。
 あれ、たしか顔を上向けたらダメなんだっけ。まぁ細かいことはいい、とりあえず、洗い替えのないシーツにこれ以上被害を広げたくはない。

 ティッシュ。ティッシュどこだ。煌々と光る蛍光灯を睨みながら手探りしていると、指先に薄っぺらい紙の感触が当たった。
 四、五枚まとめて手渡されたそれで鼻先を覆う。
 薄紙はたちどころに赤く染まっていき、右手を伸ばしてさらに追加を要求すると、ティッシュ箱を片手にぬるりと視界に入ってきた男が、上からオレの顔を覗き込んできた。

「……」
 なんだよ。見せもんじゃねぇぞ。
 さっさとティッシュよこせ、と目線で催促すると、おとなしく数枚を抜き取って渡される。
 血でひたひたになった紙の塊と取り替えると、ようやくすこしは落ち着いた気分になる。
 まじろぎもせずにオレの様子を観察しているアカギになんとなくイラついて、オレはぼそりと呟いた。
「……のぼせた」
「オレに?」
 アホかっ……! 軽口にすぐさまツッコもうとして、洗いざらしの白い髪や、青いタオルを首にかけただけの上半身が目に入る。

 異様なほど目に眩しいそれらからふいと顔を背け、ずび、と鼻血を啜った。
 風呂場での、長時間に及んだ破廉恥な行為の記憶が、イヤというほど呼び起こされる。

「……もう二度と、お前と風呂なんか入んねぇ」
 うんざりしながら毒づくと、アカギは、あらら、と肩を揺らし、鼻を押さえるオレの手を、血まみれのティッシュごと掴んでどけた。

 あってめ、なにすんだ。
 不審な行動に眉を顰めていると、白皙の顔が近づいてきて、生あたたかい感触が、オレの鼻先をぬるりと這った。
「……」
 ヤニ臭え。舐められたところがスースーする。
 言葉も出ないオレの前で、男は自分の唇についた血を、味わうようにゆっくりと舐め、スッと目を細めた。

 その顔はまるで、獲物を目の前にした獣のようで、
 あ、ヤバい、
 ……またのぼせそう。

 ごくりと喉が鳴って、鼻の奥から流れてきた鉄臭い味が口に広がる。
 その音を聞き咎めて、ケダモノのようにカンのいい男がまた、あらら、と笑う。

 なんだか無性にムカついたので、オレは足を伸ばして男の体を強めに蹴ってから、ふたたび近づいてくるケダモノの舌を、目を瞑って受け入れてやったのだった。





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