乱れる



 赤木しげるは整った男だ。

 顔の造作ひとつ取ってもそう。触れたら切れそうな鋭い双眸は、白目が子どものようにくっきりと澄んでいて、不思議な透け方をする瞳とのコントラストが、見る者の目に強烈な印象を灼きつける。
 短い睫毛は薄い瞼からやや下向きに伸び、澄んだ白目にけぶるような影を落としている。
 その下の、すっと通った鼻梁と、形のよいうすい唇。あまりに強い瞳の印象とのバランスを取るように、それらのパーツは余計な自己主張をすることなく、すっきりとただそこに在る。

 体の造形だってそう。すらりと無駄のない体つきは、無駄がなさすぎて華奢にすら見えるけれども、着痩せするタイプであるのか、脱いだときに驚かされる。硬質な筋肉で構成されているのに、たわやかで柔軟性にも富んでいて、よくしなる瑞々しい若竹のようだ。

 絹糸の髪の一本一本や、二十指の爪の一枚一枚の造形まで、見れば見るほどどこまでも整っている。
 しかし、それは俳優のような華やかさは真逆の、ひどく剣呑な整い方だった。
 野生の狼や彪が美しいのと同じように、生きるためだけに極限まで無駄を省いて研ぎ澄まされているが故の美しさだった。
 右の肩に残る生々しく裂けたような傷痕が、その肉体のただひとつの瑕疵であったが、それが玉に瑕となるどころか危うい魅力をいや増している。そういうところまで、野生の雄の動物そのものだった。


 人間離れした絶妙なバランスで成り立っているその整い方をすぐ傍で見るにつけ、カイジの心には感嘆とともに言い知れぬ慄きが湧きあがった。
 いつかこの恐るべき生き物に、喰われてしまうんじゃないかと。

 男は己の容姿がある種の人間を惹きつけてやまないことを知っていながら、それに頓着する様子が一切ない。方々から注がれる畏敬の視線や伸ばされる手を悠々とすり抜けて、男は奔放に生きたいように生きる。
 かと思えば、今日のように気まぐれに自分から近寄ってくることもあるのだから、本当に始末に負えない。

 煌々と輝く満月の下、酷薄さを象ったような唇から白い煙を吐き出しながら、アカギはカイジの方に視線を向ける。
 ゆるりとした夜風に髪が巻き上がり、遮るもののなくなった澄んだ瞳が、流れるようにカイジを捉える。

 静謐な双眸と見つめあいながら、カイジは静かに息を呑んだ。
 呼吸が熱く、不規則になっていく。
 大きく舌打ちする。いつもこうだった。
 アカギが整っていればいるほど、逆にカイジは乱される。
 男はそんなこと思いすら寄らないのだろう。無性に理不尽な苛立ちを感じ、男の唇からタバコを抜き取ってカイジはその息を奪った。

「……したくなった」

 唇が離れる間際、カイジは低く囁く。
 それはアカギによって乱された己の欲に抗しきれなかった悔しさによって、絞り出されたような声だった。
 同じように男も乱れればいいと、吐息を奪ってやったのに、男の息は憎たらしいほど整ったままで、獲物を見定めるように目が眇められる。

「今日は疲れてるって、さっき言ってなかったっけ」
「うるせぇ……気が」
 変わったんだよ、と言う前に長い指で唇を押さえられ、白い顔が近づいてくる。

 本当に始末に負えない奴だ。お前も、オレも。
 これ以上ない至近距離にあっても、男の顔は恐ろしいほど整っていた。

 無意識に食いしばった歯の隙間さえこじ開けられ、溢れる熱いものに口内を暴かれながら、カイジはその背に腕を回す。
 白い月灯りに舐められながら、二本の腕は整った肉体を覆う布を静かに掻き乱し、強く引き寄せていくのだった。




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