バニラアイスクリーム(※18禁) 強姦 痛い描写注意




 マルボロのカートン。缶コーヒー。ポテトチップス。チーかま。500ml缶のビール六本。

 淀みなく次々にそれらを放り込んだカゴを持ち、レジに向かいかけたアカギはふと、足を止める。

 ビール棚の隣に、ブロックアイスや冷凍食品、それにアイスクリームの並ぶ棚がある。
 アカギは暫し棚を見遣ったあと、ガラス戸を開けて冷気の充満する棚からバニラアイスクリームのカップをひとつ手に取り、カゴに放り込んだのだった。
 

 ずしりと重いビニール袋を提げ、アカギはそのアパートのドアを叩いた。
 が、なんの反応もない。
 格子窓からは灯りが漏れているから、家主が在宅しているのは明白である。
 突っ立ったままアカギが待っていると、やがてドアの向こうから、普段よりずいぶんと静かな足音がひたひたと近づいてきて、三和土に降りる気配がした。
 すこしの間。息を潜め、ドアスコープ越しに訪問者を窺っているような沈黙のあと、ゆっくりとドアが開いた。

 瞬間、アカギの目がわずかに見開かれる。
 鼻先を掠めたのは、生臭い匂い。
 感覚の鋭い者でないとまず気づかないほどの、ごく微かな血の匂いだった。

 ドアの細い隙間から、きつく吊った大きな三白眼が覗く。
「……んだ、お前かよ……」
 苛立ったようなホッとしたような声で吐き捨て、家主はため息をついた。
 アカギはその姿を眺める。薄暗い玄関先で見る分には、カイジはどこも怪我していないように見えるし、服も汚れていない。
 ーーしかし、先ほど感じた血生臭さは、気のせいではない。
「……カイジさん、入れてよ」
 アカギの声がわずかに低くなったことにも気づかない様子で、カイジは舌打ちする。
 どうやら、虫の居所が悪いらしい。
 だがアカギがそんなこと気にも留めないということを、浅くない付き合いのカイジはよくわかっているらしく、渋々ドアを開けてアカギを迎え入れた。

 居間に通されたアカギは、微かに眉を寄せた。
 一段と濃くなった鉄臭い匂い。雑然とした部屋は、一見、以前来たときとなにも変わらない。
 アカギはぐるりと部屋を見渡し、ゴミ箱に向かって一直線に歩く。
 中を覗き込むと、赤黒い液体に染まった包帯のようなものや、千切れた衣類の切れ端で一杯になっている。

 なにがあったのかなんて、聞かずとも想像がつく。
 カイジが不機嫌な理由にも、納得がいった。
 気が立っているのだ。アカギにも覚えがある。
 血を見るほどの大博打。その直後の、耐えがたい疼きと乾き。

 目線をあげ、アカギはカイジの顔を見る。
 室内の灯りのもとで改めて見ると、その顔には無数の裂傷や擦過傷があった。
 顔だけではない。半袖のシャツから覗く腕にも、いくつもの赤い線が走っており、雑に血を拭ったような跡も見られる。
 衣服に包み隠された脚も、おそらく同じような有様なのだろう。部屋に漂う錆びた匂いがそれを証明している。

 無言で見つめられるのに苛立ったのか、カイジはわざとらしく大きなため息をつく。
「……なんだお前。言いたいことでもあんならハッキリーー」
 いつでもうっすらと濡れているような双眸と目が合い、瞬間、アカギの中でなにかが弾け飛んだ。

 提げていたレジ袋が、ドサリと重い音を立てて床に落ちる。
 不穏な気配を敏感に察知し、反射的に身構えるカイジ。
 アカギがその腕を強く掴むと、強気な顔がわずかに歪んだ。
 傷に障ったのだろう。さらに沸き上がる衝動のまま、アカギはカイジをその場に引き摺り倒した。

 
 思考は止まっていた。空っぽになった頭の中を、コールタールのように黒く粘りつく物体が埋め尽くしていく。
 この感情がなんなのか、考える隙間もないくらいに。
 

「っざけんなっ……! 離せっ……! クソ野郎っ……!!」
 カイジからのこんな罵倒の声を、ひさびさに聞いた気がすると、頭の片隅でアカギはぼんやりと思う。
 死に物狂いで暴れる体。些細なきっかけでカイジと揉み合いになることは、今までも幾度かあった。
 こういった荒事で、カイジはアカギに生まれて初めて『手応え』というものを感じさせた人間である。場慣れしているのだ、こういった不穏な状況に。
 馬乗りになって押さえつけている腰が大きく跳ね、掴んでいる腕を滅茶苦茶な力で振り解こうとしてくる。すこしでも気を抜けば、たちまち振り落とされそうだ。
 
 アカギはひたすら無言のまま、カイジの体を力づくで支配下に置こうとする。カイジを尋ねたときと変わらず涼しげな表情に見えるが、その実すこしも油断していなかった。眇められた目の中で、淡い色の瞳が鋭く光る。

 やがて、あれだけ煩かった罵り声が小さくなってくるのにあわせ、抵抗もすこしずつ緩んできた。
 それはカイジがこの無体を許したというわけではなく、単に体力が尽きかけているのだ。
 汗にまみれ、見る影もなく乱れた黒い髪の隙間から、荒々しい呼吸音とともに聞こえてくるのは、ギリギリと強く歯を食いしばる音。
 全身をふいごのようにしてどうにか呼吸を整えようとしているが、怒りに呑まれてそれすら叶わないようだ。
 片手と足だけで器用にカイジの自由を奪いながら、アカギはカイジの衣服を剥いでいく。


 こんなにも傷だらけの体で、よくもあれだけ抵抗できたものだ。
 後ろ手に腕を縛り、俯せに転がした裸の体を見下ろしながら、アカギは素直に感心する。
 アカギの予想どおり、服の下には無数の傷や、赤や青のアザが隠れていた。
 数え切れないほどのちいさな傷のなかに、赤味の肉が覗く裂け目のような、大きな傷が点在している。
 潜ってきた修羅場の物騒さを物語るその傷に、アカギはそっと指を這わせた。
 
 愛撫と呼ぶには、あまりに一方的な行為だった。
 ひとつひとつの傷に、アカギの指が、舌が触れるたび、カイジは大袈裟なほど体を跳ねさせる。
 それは快感のためではなく、傷をなぞられる痛みとともに、その傷をつけられたときの記憶がフラッシュバックするからだ。
 気丈にアカギを睨みつける瞳に、微かに滲む恐怖の色がそれを物語っていた。
 
 自分で引き出しておきながら、アカギはその恐怖の色が気に食わない。
 自分の行為を通して、過去に怯えるカイジが気に食わない。
 
 アカギの手管が、徐々に荒々しくなっていく。
 首筋に、脇腹に、胸に。生々しい傷の上に爪をたて、歯をたてて噛みつく。
 新しい傷を増やすような、傷で傷を上書きしていくような行為。低く苦痛に呻くカイジの声を聞きながら、アカギは透明な滲出液に濡れた指を舐めた。

 アカギはカイジの尻を割り開き、後孔を露出させる。
 痛みと緊張のためか、そこは硬く閉じきっていた。
 屈辱的な行為に激しく身じろぐカイジを無視し、アカギは側に捨て置かれていたレジ袋を引き寄せる。
 カイジのために購入したバニラアイスクリームを取り出し、蓋を開ける。部屋の暑さで中身はほとんど液化し、シェイクのようにとろけていた。
 甘ったるい香りを漂わせるそれを指で掬い取り、晒された窄まりに塗りつける。
 突如襲ってきた正体不明の冷たさに、カイジが魚のようにその身を跳ねさせた。
「ッ……殺すぞ、てめぇ……っ」
 憤怒に血走る大きな瞳。そのギラつきは粗野な獣そのもので、『殺す』という言葉が一時の激情に流された暴言ではないことを、アカギに知らせている。
 どこでどんな大勝負に挑んできたのかは知らないが、本当ならばカイジこそ、アカギに今されているようなことをやってやりたいと思っているはずだ。
 どこにも逃せず体内で燻り続ける熱を、アカギを抱くことで吐き出したいと。
 だが、アカギはそれを許さない。

 バニラアイスの水気を借り、軽く慣らす程度に指で弄ったちいさな孔に、アカギは半勃ちの自身の先端を押しつける。
 カイジの呼吸が浅くなる。射殺すような視線に視線を絡めながら、アカギは容赦なく腰を進めた。
 
「……ッ、う……っ」
 無慈悲な律動に揺さぶられながら、苦しげに呻くカイジ。
 十分に解されていない中を突かれるのは、苦痛でしかないのだろう。
 粘膜同士が擦れ合う水っぽい音。肌と肌のぶつかり合う乾いた音。
 傷だらけの体を背後から組み敷き、己の存在を刻みつけるように、アカギはカイジを穿つ。

 自由を奪われ、強引に犯され、手負いの獣のように傷だらけのカイジの背中は、それでも不思議と憐れさを感じさせない。
 それはひたすら声を殺し、汚辱と痛みに耐え、こんな状況でも絶対に屈服しないカイジの矜持が、生ぬるい憐憫など跳ね除けるほどの力を持っているからだ。

 交尾する獣の体位で最奥まで容赦なく凌辱されながらも、カイジは勝気にアカギを睨みつけている。
 だが、生理的な涙に潤んだその黒い瞳の奥に、微かな戸惑いの色がちらついているのをアカギは見て取った。
 それは、自分の恋人が会うなりこんな乱暴を強いてきた理由を探ろうとするような、こんな状況であっても普段と違う様子のアカギを気遣おうとするかのような、憎しみとは対局に位置する視線だった。

 アカギは舌打ちする。そういう目で見られることが、今のアカギにとっては、いちばん忌々しいことだった。

 その視線から逃れるようにカイジの背中に顔を埋め、歯を立てる。
「っ、あ……ぁ!」
 滴る汗でびしょびしょに濡れた床を這って逃げようとする体を押さえつけ、アカギは前に手を伸ばす。
 下腹部、陰茎の根本近くに、ひときわ大きな傷がある。
 下生えを掻き分けてアカギの指がそこに触れると、カイジの体が恐慌に強張った。

 脅しのためか、効果的に抵抗する気力を削ぐためか。どんな理由があったのかは推測の域を出ないが、急所の側に躊躇なくこんな傷をつけるような輩を相手にしていたのだ。
 この人はーーこの人もまた、狂っている。カイジの裡に潜む狂気に、間違いなくアカギは惹かれていた。
 だが、今は只管にどす黒い感情が渦を巻いて、アカギは顔も知れないどこかの誰かがつけたその傷を、抉るように指を埋める。
 瞬間、カイジが声にならない声をあげて吠えた。
 傷だらけの背をしならせ、踊るようにもんどり打つカイジの中に、アカギは歯を食いしばってすべてを吐き出したのだった。


 
 熱の引いた体を離すと、時が止まってしまったかのような虚ろな空気だけが、ふたりの間に横たわっていた。
 中に出された白濁を滴らせながら、汗みずくの全身で息をするカイジ。
 その背を眺めながら身支度を整えたアカギは、タバコを取り出し、火を点ける。
 ゆっくりと紫煙を燻らせ、テーブルの上の灰皿に吸い殻を押しつけてから、アカギはカイジの方へ手を伸ばした。

 硬く引き絞られた腕の結び目をアカギが解いた瞬間、ぐったりと伏していたのが嘘だったかのような敏捷さで、カイジが跳ね起きた。
 形勢逆転、仰向けに押し倒され、体の上にのし掛かられたアカギは、全身から沸騰するような怒りを立ち昇らせた黒い獣と至近距離で対峙する。
 空気をピリピリとひりつかせるほどのその怒りが、あまりに鮮烈で眩しく、アカギは思わず気の抜けた笑いを漏らした。
 先ほどまで胸に巣食っていた己のどす黒い苛立ちとは、まったく別種の怒りのように、アカギには感じられた。
 骨が軋むほど強く手首を押さえつけられ、アカギは目を細める。
「オレを抱く? それとも、殺す?」
 まるでなんの感情も籠っていないかのように淡々と、囁くような問いかけ。
 どちらに転んだって構わないと、アカギは本気でそう思っていた。それだけのことをしたという自覚はあった。カイジの矜持を土足で踏み躙るような行為。弁解など微塵も考えていないし、端から許されようなどとは思っていなかった。

 噛み締めた奥歯をギリギリと鳴らしながら、カイジはアカギを睥睨する。
 永遠にも思えるような長い時間、ふたりはそうやって一触即発の空気に身を置いていたが、やがて、カイジの体からふっと力が抜けた。

 アカギの上から退き、食いしばった歯の隙間から、忿懣を含んだため息をひとつ。
 こんなことはくだらない、とでも言いたげに立ち上がったカイジは、痛む体に顔を顰めつつ、風呂場へと向かう。
「呪われろ。お前なんか」
 部屋を出る直前、そう吐き捨ててカイジは扉を荒々しく閉めた。

 カイジが居間を出てからも、アカギはしばらく、そのままの体勢で天井を眺めていた。
 やがて、小雨のようにささやかなシャワーの水音が聞こえてくるころになって、ようやく体を起こす。
 ちょうどアカギの視線の先に、ビールやつまみの入ったレジ袋と、ドロドロに溶けて見る影もなくなったバニラアイスクリームの容器が放置されていた。

 カイジの好物ばかりが詰まったレジ袋。自分はさして食べたくもなかったバニラアイスクリーム。
 ほとんど無意識にそんなものを提げて訪ねるほど、自分はカイジに絆されているのだ。
 それなのに、カイジの体の傷を見たとたん、どす黒い感情を抑えきれなくなった。
 その体に傷をつけた相手に。狂気じみた恋にも似た、身を焦がすような時間をカイジと共有した相手に。まさに命を削るような、そんな博奕に身を投じることができたカイジ自身に。

 早い話が、これは嫉妬なのだ。
 アカギはひとり、自嘲するように鼻を鳴らす。


 軋るように吐き捨てられた、カイジの言葉を反芻する。
『呪われろ。お前なんか』
「とっくに呪われてるよ」

 そう。まるで呪いだ。バニラアイスクリームのように甘く、神経にまでまとわりつくような呪い。

 いっそ手ひどく犯すか、あるいは殺してくれれば良かったのに。
 アカギは半ば本気でそう思う。
 でも、カイジがそんなことをするはずもないと、諦めてもいる。
 己のどす黒い感情とは似ても似つかない、眩い閃光のような怒りを持つカイジが、そんなことをするはずがないと。

 よほどの力で押さえつけられていたのだろう。まだ微かに鈍痛を訴えるアカギの白い手首には、くっきりとカイジの指の跡が残っていた。
 そこに薄い唇を寄せ、アカギは暫し、目を閉じる。
 囁くようなシャワーの音だけが、静かな部屋に響いていた。





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