壊したい(※18禁) アカギさん視点



 カイジさんはセックスのとき、声を耐える癖がある。
 壁の薄いアパートだから、隣に聞かれないかと案じているんだろう。
 きつく目を閉じて下唇を噛み、眉を寄せるその表情は、まるで苦痛にでも耐えるかのようで、合意の上でのセックスにはひどく不釣り合いだ。

 ときどき上がる低く押し殺した呻き声といい、拷問しているかのような錯覚を覚える。
 普通は萎えるものなのだろう。
 だが、カイジさんのそれはオレの中の衝動を刺激する。こんなにも激しい情動が、己の中に存在したことを意外に思いながら、組み敷いて、貫いて、ひたすら穿つ。
 
 カイジさんは、ただ必死に耐えている。体を繋げてみてわかったことは、カイジさんはとても快楽に飲まれやすく、きもちいいことに弱いということ。
 酒やギャンブルに対する姿勢からも垣間見えたけど、セックスも例外ではなかったようだ。
 ほんのわずかに残った矜持を取り残し、体の方はとうの昔にどっぷりと溺れてしまったようだった。

 奥を擦るたび、宙に浮いた脚が跳ねる。拳が白くなるほど握り込まれたシーツに、深い皺が寄っている。
 悲壮感すら漂うその姿を眺めていると、沸騰するように熱い腹の底から、ふつふつとなにかが滾ってくる。
 劣情とも加虐心とも、似て非なる感情。

 ときおり、あんたをぶっ壊してやりたくなるよ。
 あんたは暴力的に、オレの世界をぶっ壊したんだから。
 
 今まで知らなかった、自分の中にはないと思っていた気持ちに気づかされて、それが嫌ってわけじゃないけど、そうさせたカイジさんにすこしの苛立ちを感じている。
 それをぶつけるように腰を打ちつけると、カイジさんはきつく目を瞑ってしまう。
 その目の端から一筋、涙がこぼれ落ちる。
 歯を食いしばり、息を荒げ、声を飲み込んで涙を流すカイジさんは、なんだか悔しがっているようにも見える。

 ほとんど暴力じみた律動に、古ぼけたベッドが、壊れそうな音をたてて軋んでいる。
 オレを受け入れるカイジさんも、いよいよ壊れそうなくらいガクガクと体を震わせていて、その様子に背筋がゾクリと粟立ち、射精欲がこみ上げてくる。
「ぁ、かぎ……っ、も、ぅ……ッ」
 掠れた泣き声で名前を呼ばれ、ほとんど反射的に、晒された喉に噛みついていた。
 あれだけ声を我慢していたのに、最後に悲鳴のような高い声をあげて、カイジさんはオレの腹に精液をぶちまけた。
 過ぎた快感に逃げを打とうとする体を押さえつけ、オレはカイジさんの喉に歯を食い込ませたまま、腰を強く押しつけて最奥で射精した。



 呼吸が穏やかになるにつれ、急速に熱が冷めていく。
 隣に目を向けると、カイジさんは仰向けに寝転んだまま、虚ろな目でぼんやりと天井を見つめていた。
 しどけなく投げ出された体の至るところに、赤く鬱血した痕や歯形が散らばっており、激しい行為の余韻が未だ尾を引いているのか、硬く尖ったままの乳頭が、オレの唾液を纏って濡れ光っている。
 後処理もしていない脚の間から、中に出した精液が流れ出して太腿を白く汚している。
 

 死んでしまったようにも見えるが、ゆっくりと上下する胸が、辛うじてその可能性を否定している。
 まるで犯されて捨て置かれたのような姿を見るともなしに眺めていると、カイジさんがおもむろに顔を向けてきた。
 うすく口を開いたがうまく声が出なかったのか、一度咳払いしてから、カイジさんは囁くような声で言った。
「大丈夫……か、お前……」
 一瞬、耳を疑った。
 それは、オレがあんたに言うべき台詞のような気がするんだけど。
 でも、涙や鼻水でぐちゃぐちゃに汚れた顔は気遣わしげで、さっきの言葉が聞き間違いじゃないことを証明していた。

「……どうして?」
 と、尋ねると、カイジさんは、
「なんか……追い詰められて、イラついてる……みてぇだった、から……」
 ぽつり、ぽつりと言葉を探しながらそう答え、喋り疲れたようにため息をついた。

 そのため息に重ねるように、オレも深く息を吐く。
 なんとなく顔を見られたくなくて、うつ伏せに寝返りをうって、シーツに顔を埋めた。

 あんたは馬鹿みたいに強いから、そう簡単には、ぶっ壊されちゃくれねえんだな。
 そのしぶとさにもオレは惚れたんだけど、やっぱり、ときどき壊したくなるよ。
 こう、なんでもない風にして、なにもかも見透かされちまったらね。

 いきなり俯してため息なんてついたからだろう。カイジさんの心配そうな視線を痛いほど感じて、つい、笑いに喉が震える。
 目だけを上げて隣を見ると、カイジさんは訝しげにしながらも、オレが笑ったことで、どこかホッとしたように表情を緩めていた。

 ぐちゃぐちゃに汚されたままの自分の姿は構わずに、オレのことを気遣うカイジさん。
 間抜けで滑稽で、やっぱり馬鹿みたいに強いその人の頭を、オレは手を伸ばしてぐちゃぐちゃに撫でた。





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