除夜
布団にくるまってうとうとしていたカイジは、遠くの方から響く鐘の音に意識を揺すり起こされた。
ため息をつき、ごろりと体を横向ける。
大の男がふたり並ぶと、狭いベッドの中では寝返りさえ満足に打てない。隣で寝ている男の体に、肘と膝がごつんと当たって、横目で睨まれたカイジは「わりぃ」と口先だけで謝った。
またひとつ、遠くから厳かな鐘の音。
ーー煩悩を祓う効果があるというのなら、数時間前、訪ねてきたばかりのコイツにこそ聞かせてやりたかった。
思い出したように、腰と下肢に鈍痛が走る。
涼しげな男の顔に、じとりとした視線をカイジが送っていると、平らな声で「なに」と問いかけられた。
ずっと耳の奥の方でこだまするような、厳かな鐘の音。
この音を、こうしてふたりで聞くことができようとは、思ってもみなかった。
「……まぁ、なんつぅか」
言うか言うまいか、すこし逡巡したあげく、カイジはぼそりとつぶやく。
「今年も一年、よくちゃんと生きてたな、お前」
「……」
ちょっと驚いたみたいに瞠られる鋭い目から逃れるように、えらいえらい、と茶化して白い頭を撫でる。
男の眉間にくっきりとした皺がよる。男がこういう顔をすると、ときおり、ひどく子どもめいて見えることがある。
麻雀を覚えたという歳頃のような幼ささえ顔を覗かせたような気がして、カイジがつくづくとその表情に見入っていると、男は体ごとカイジの方に向きなおり、煩わしげにその手を退けた。
「あんたもな」
ぽつりと呟いて、顔にかかった前髪を指で持ち上げられる。
つめたい指先がかすかに額に触れて、裸の肩が震えた。
なんの話だ、と訊こうとして、さっき自分が男にかけた言葉を思い出す。
ーー今年も一年、よくちゃんと生きてたな。
もともと大きな目を、ことさら大きく見開くカイジ。
その前髪を、梳いてさらいあげるような無骨な仕草は、きっと撫でているのだと思い至って、カイジは思わず、ふっと息を漏らした。
なんだそれ、すげぇ笑えるんだけど。似合わなすぎだろ。
自分のことを棚に上げ、そう揶揄って笑おうとしたはずなのに、ふわりと心を包んだあたたかいものに阻まれて、カイジは言葉を発することさえできなかった。
はるか遠くの鐘の音が、静かな部屋にまたひとつ届く。
「ガキみてぇな顔」
ニヤリと片頬をつり上げる男に、「うるせぇ」なんて舌打ちしながらも、カイジは前髪を弄っているんだか撫でているんだかわからない手のひらを、唇を尖らせつつ受け入れていた。
どんな一年だったか、なんて、聞かないし、言わないけど。
お互い生きて年を越せたなら、ただそれだけでいい。
来年も、その先も。
終
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