すきとおる罠 



 あ。この色、どこかで。

 ふっと心をよぎった既視感に、カイジは目を眇めた。
 透明な雫を滴らせる、白い濡れ髪。
 似た色を、どこかで見たような気がする。

 いったい、どこで見たのだったかと考えていると、濡れそぼって重たげな前髪の隙間から、鋭い視線がチクリとカイジを突き刺した。
「あんた、ずいぶんと余裕じゃない」
 囁く声とともに、唇を塞がれる。

 絡まりあう舌と、濡れた素肌。
 身じろぎにあわせて湯の跳ねる音と、せっけんの匂い。
 湯気とともに、淫靡な空気が狭い風呂場に充満する。

 ぼうっと考えごとをしていたことがバレたのか。
 咎めるように乱暴な口づけにくぐもった声をあげながら、それでも、カイジは薄っすらと目を開けたまま、男の髪を見つめていた。

 色素のすっかり抜け落ちた、細くやわらかい髪。
 艶々と濡れ、うっすらと光の輪を浮かびあがらせる、持ち主に似ず繊細な髪。

 唇が離れると、細い唾液の糸がふたりの唇をつうと繋ぐ。
 カイジは、あ、と声をあげた。

 雨上がりの光を弾く、蜘蛛の糸。
 男の濡れ髪は、それに似ているのだと、閃くような唐突さで思い出したのだ。

 既視感の正体が判明し、妙にすっきりした気持ちになるカイジに、白い手がぬるりと伸びてくる。
「……いいさ。すぐに考えごとなんて、できなくさせてやる」
 低く呟きざま、首筋に噛み付いてくる男は、カイジがずっと男のことを考えていたことなど知らないのだろう。

 逃れられないほど強く抱きしめられ、蜘蛛の糸に似た男の髪が頬を擽る。

 まるで捕われてしまった羽虫の気分だ。
 ずっと前から、その存在に狂おしく、心地よく縛りつけられている。
 心も、体も。

 すこし笑ってカイジは手を伸ばし、自ら罠にかかりにいくみたいに、細く光る白糸に指を絡め、手繰るようにゆるく引き寄せた。






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