あたらしい朝 アカギさんがうかれている話



 窓を開け放つと、淀んだ夜の空気が外へと逃げていく。
 素肌の上に青いシャツを羽織りながら、アカギはまだ気温の上がる前の街を見下ろした。

 まだうつらうつらとしている紺碧の空を、「起きて」と無邪気に揺さぶるような太陽の光。
 夏の朝。騒がしい鳥たちの声。透きとおった空気。
 街が目覚め始めるそわそわとした気配がする。

 アカギは窓枠に寄りかかり、ハイライトを吸い点ける。
 近所のどこかでラジオ体操をやっているらしい。朝の空気に弾けるラジオの声に、アカギは聴くともなしに耳を傾ける。
 底抜けに明るいオープニング曲のあと、ハリのある男の声が、おはようございます、と元気に朝の挨拶をする。
 テンション高く、男がなにごとか喋っている。アカギのいる場所からはハッキリとは聞き取れないが、どうやら巡回先の紹介をしているらしい。
 アカギが白い煙を吐き出すのと同時に、払暁を告げるがごとき鐘の音が、高らかに響き渡った。

 電線の上のカラスが二、三羽、驚いたみたいに飛び立っていく。
 弾むようなラジオの歌声に、まだ眠たげな子どもたちの声が重なる。
 溢れんばかりの歓びを詰め込んだようなそのメロディを、アカギはずいぶんひさしぶりに耳にした。
 
 あたらしい朝、か。

 窓枠に置いた灰皿に長くなった灰を落とし、アカギは室内に目を向ける。
 ラジオの声に起こされたのか、小さなベッドの上、タオルケットに包まった塊が、もぞりもぞりと蠢いていた。

「おはよう。体、大丈夫?」
 返事はない。だが、なにやら呻き声のようなものが聞こえる。
 アカギはタバコをふかしながら、その様子を見つめる。


 昨晩は歯止めがきかなかった。なにぶん、初夜だったし。
 悪かったと思わなくもないが、どうしようもなかったのだと開き直ってもいる。
 唇が重なった瞬間、アカギは獣になっていたのである。

 野蛮に、獰猛に、短い夏の夜を惜しむようにひたすら貪って、もう戻ってこられないほど、何度も高いところへ登りつめた。


 そんな夜を超えての、朝。
 アカギは目を細め、ベッドの上のふくらみを眺める。
 朗々としたラジオの歌声が、やたら耳に残る。


 あたらしい朝がきた。
 ーーまさに今、そんな気分だ。
 昨日までと、目に映る景色がまるで違って見える。
 モノクロだった世界が、にわかに色づいたみたいに、瑞々しく。


 まるで初恋の成就に浮かれるガキだ。アカギは可笑しくなる。
 タバコを咥えたまま、ベッドの上の塊に声をかける。

「起き上がるのも辛いだろ。抱き上げて運ぼうか?」

 すぐさま、タオルケットの下からぬっと腕が突き出て中指を立てたので、アカギは肩を震わせて笑った。





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