七月七日 短文



 生ぬるい夜気ごと、青々と生い茂る葉の匂いを吸い込むと、紛れもない夏の香りがした。

 毎年、この時期になると駅前に据え付けられる大きな竹は、色とりどりの短冊や吹き流し、星の形の折り紙などで飾られ、重そうにその巨体をしならせていた。
 所狭しと吊るされた短冊には、たくさんの人々のさまざまな願いが書かれている。

 カイジは意外に、そういうのを見るのが嫌いではない。
 だから、駅から自宅へ帰る途中、わざわざ足を止めたのだ。

 老若男女、切実な願いからふざけた我欲まで、バラエティーに富んだカラフルな願いごと。
 ときおり、ふっと苦笑を漏らしながら、それらを追っていたカイジの目が、ある短冊でぴたりと止まった。

『おりひめとひこぼしが、ちゃんとあえますように』

 ピンク色の短冊に書かれたその願いごとは、カイジの目線のすこし上の方で、細く切った折り紙をつなぎ合わせた輪飾りに見え隠れしながら、ひらひらと揺れていた。
 子どもが書いたのであろう、短冊からはみ出しそうに大きな文字の羅列を、カイジはじっと見つめる。

 昼間よく晴れていたので、夜空には金銀砂子が瞬いている。
 このかわいらしい願いごとは叶い、天にいる夫婦は今ごろ、ふたりきりの時間を愉しんでいることだろう。

 年に一度の逢瀬か。
 夜風に揺れる短冊を見ながら、カイジはそっと口を開く。

「一年以上も、会いに来なかったから……」
 返事はないが、構わず続ける。
「お前のことなんて、忘れちまうところだった」
 ぽつりと、ひとりごちるように呟いた瞬間、カイジの左側に垂れ込めた竹の葉が、ざわざわと音をたてた。
 緑色の葉を片手でかき分け、鮮やかな七夕飾り越しに、白い顔が覗く。
「……それ、本当?」
 鋭い目に見つめられ、カイジはぐっと言葉に詰まる。

 ーーまさか、聞こえているとは思わなかった。
 辟易していると、白い男はスッと目を細め、カイジの方へ身を乗り出した。


 ちょうど見計ったように、夜風がさわさわと七夕飾りを揺らし、目眩を覚えるほどの色の洪水が、重なるふたつの顔を隠した。






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