一緒に・1 ケモ耳しっぽ注意



 澄み渡った空。黄金に輝く太陽。
 遠くの地平線まで、見渡す限り一面に、名も知らぬ白い花の絨毯が続いている。
 この世のものとは思えない、美しい景色の只中に、カイジはひとり立っていた。

 息をするたび、芳しい花の香りが体の中を通り抜けていく。
 絵に描いたように優雅だが、茫洋とした風景に、カイジはすこしの不安を覚える。
 他の人間の姿を探して首を巡らせるカイジの耳に、突然、何者かの声が響いた。

 ーーお前はあの者に、何を望む

 その声は空から降ってきたかのように、広大な平野の端々まで響き渡る。
 人間の声ではない。無機質な鐘の音に似ているが、なぜか言っている内容だけは、ハッキリと聞き取れる。

 鼓膜を揺さぶり、頭蓋骨に反響するようなその声には、逆らうことや疑問を挟むことをいっさい許さないような威圧感があった。

『あの者』とは、ともに暮らす稲荷神の少年のことを指しているのだろう。
 カイジには、不思議とそれが当たり前のことのように理解できた。
『声』が、言外にそう伝えているように思えてならないのだ。

 オレがあいつに、なにを望むか?
 唐突な質問に、すくなからず戸惑うカイジ。
 だが、この問いに対するカイジの答えは、ずっと前から決まっていた。
『声』に促されるまま、カイジは口を開く。

「オレは、あいつにーー」
 好きな人と、幸せになってほしい。

 だが、そこでカイジの舌は石のように固まり、どうしても動かなくなってしまった。
 ひとつ屋根の下で暮らす少年の、唇を撓めるシニカルな笑顔や、拗ねているときの意外に子供っぽい横顔、丸まって眠る獣の姿などが胸に迫り、どうしても言葉の先を紡げない。

 カイジが呆然と立ち尽くしていると、遠くの方から徐々に、空が暗くなっていく。
 太陽は沈み、花は枯れ、世界が不穏な闇に包まれていく。
 あたかも、答えを用意できなかった罰であるかのように、急変する世界。

 焦燥を覚え、カイジは走り出す。
 無惨に散った花弁を蹴散らし、出口もわからない檻のような空間から、逃れようと必死に駆ける様子を嘲笑うかのように、漆黒の世界はカイジを飲み込み、やがて音もなく閉じた。





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