猫・5


 翌日。
 結局、一睡もできぬまま朝を迎えたカイジは、『恋』と『恋じゃない』を交互に、まるで花占いする乙女のようにぶつくさと唱え続け、眠い目を擦りながら起き出した少年に、不審げな眼差しを送られることとなった。


 その後、部屋に入ってきたショートカットの看護師は、赤い紙クズの散乱した床や、カイジの点滴が外れているのを見て、露骨に眉を顰めたが、なにも言わずにてきぱきと仕事をこなしていった。

 血圧計のカフを巻くためにカイジの腕を触る看護師を、丸椅子に腰かけた少年が、据わった目で見つめている。
 そんな視線にも気づかずに、カイジは寝不足でぼんやりした頭で、看護師のされるがままになっていた。

「……昨日に比べてちょっと血圧が高めですけれど、だいぶ回復されましたね」
 血圧計を見ながら看護師が頷き、カフを外す。
「あとで医師と相談して、大丈夫そうなら、今日退院できますよ」
 そう言って、入院生活のなかで初めて目許を和らげた看護師を見ながら、ああ、とカイジは悟った。

 なんてことはない。この人のことが気になってしょうがなかったのは、凛とした雰囲気や淡々とした振る舞いが、どことなく少年に似ていたからだ。

 そんなことに今さら気づいて、カイジはひとり、うす赤くなる。
 看護師の笑顔にモジモジしているように見えるカイジを、少年はむくれた顔つきで、じとりと睨みつけている。

 昨日までとはガラリと一変し、ギクシャクと浮ついたような空気のなか、なにも知らない看護師だけが、相変わらず忙しく立ち働いていたのだった。






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