チョコレート 学パロ いちゃいちゃ
 



 アカギが白いタッパーの蓋を開けると、茶色と白のマーブル模様の、ひどく歪な物体が姿を現した。

 一見すると、まるで無骨な岩の塊のようである。表面が激しくデコボコしているせいで非常にわかりにくいが、どうやら、辛うじてハートの形を成しているようだ。
 よく見ると、うっすらとアルファベットが浮き出ている箇所がいくつもあるけれども、それもあちこちバラバラに散乱している。
 どうにかこうにか繋げて読んでみても、なにか意味のある単語にはなり得なさそうだ。

 ひたすら甘い香りを放つ不格好な物体をしばらく眺めていたアカギは、やがてふと、その歪さの正体に気がついた。

 つまりこれは、徳用のアルファベットチョコを溶かし、ハートの型に流し込んで作られたものなのだ。
 チョコレートが完全に溶けきっていないうちに冷やし固めてしまったため、表面がこんなに凹凸だらけな上、意味不明なアルファベットがあちこち散らばる事態となったのである。
 ところどころ不規則に現れる白い斑模様も、もともと溶かす前のチョコレートが二層だったため、できたものだと推測された。


 こうも容易く工程を想像できるチョコレートを手渡した当の本人は、なぜか偉そうに仁王立ちしてアカギの様子を見守っている。
 どんなリアクションが返ってくるか興味津々といった意地の悪い顔は、とても恋人に手づくりチョコレートを渡した者の表情だとは思えない。


 バレンタインデーにこんなチョコの化け物のようなシロモノを渡してきた恋人の主張が、アカギには考えずとも自ずと理解できた。
 つまり、これは恋人に対してしつこく手づくりチョコをねだったアカギへの、言わば当てつけなのだ。

 ふたつ年上であるアカギの恋人は正真正銘の男性で、いくらバレンタインだとはいえ、男の自分がチョコレートを、しかも手づくりのものを渡すなんてありえない、ぜったいに嫌だと直前まで猛反発していた。
 それを、アカギがなんだかんだと(去年は市販のものだったから今年は手作りがいいと駄々をこねる等)理由をつけ、半ば強引に恋人を丸め込んで約束を取りつけたのだった。

 そういう一連の流れがあっての、この惨状である。

 いくら恋人が料理慣れしていなくても、普通に作ればここまでひどいことにはならないだろう。
 アカギは自分の恋人が、意外なほど器用で凝り性であることをちゃんと知っている。
 すなわち、この異様に不格好なチョコレートは、わざと手を抜いて作られたのに違いなかった。
 その割にちゃんとハートの型が使われているが、それも単に姉が使ったものをコッソリ使い回したとかで、べつに深い理由などないのだろう。

 見るものをシンと黙らせるようなド迫力の見た目から、恋人の無言の抗議がこれでもかというほど伝わってくる。
 アカギがなんとなく口をつぐみ、つくづくとそれを眺めていると、恋人ーー伊藤開司が、ニヤリと悪辣な笑みを顔に浮かべた。

『したり顔』というものの見本のようなその表情からは、小っ恥ずかしい要求を無理やり通してきたアカギに対する報復(?)が、うまくいったと単純に思い込んでいることが窺い知れる。

 アカギはそんな恋人を眺め、『バカだなぁ』と思った。
 バカだなぁ。そして、かわいい。

 アカギが今までバレンタインデーに贈られたチョコレートは、小綺麗で、かわいらしいものばかりだった。
 しかし、普通の高校生男子にとって垂涎の的であろうそれらに、アカギはまるで興味がない。

 イベントにも甘いものにも無関心なアカギが欲しいと思うのは、たったひとつ、恋人であるカイジから贈られるチョコレートだけなのだ。
 それなのに、他でもないその恋人にこんなチョコレートを贈られて、カイジはいい気味だと嘲笑っているようだが、アカギは不快に感じるどころか、『面白い』とさえ思っていた。

 この不恰好な贈り物は、今日アカギが渡された煌びやかな『その他大勢』のチョコレートのどれよりも、雄弁に持ち主の気持ちを伝えてくるのだ。
 それは『好意』ではなく『抗議』だったが、アカギはそれすらも、カイジらしくて面白いと思った。
 そして、そんな自分の気持ちも知らずに、得意げな顔をしている間抜けな恋人を、かわいいとも思ったのである。

 ゴツゴツとした塊を、アカギはしばらく眺めたあと、矢庭にひょいとつまんで口に運ぶ。
 え、と目を丸くするカイジの前で、躊躇いもなく歯を立ててそれに噛りついた。

 瞬間、鼻腔に広がるカカオの香り。
 ちいさく砕けた欠片を噛み砕くと、ただひたすら甘ったるい味が舌に纏わりついてくる。
 深みも味わいもない。徳用チョコならではの、気の抜けたような安っぽい甘さだ。

 こんなチョコをアカギにプレゼントするのは、カイジくらいのものだろう。
 しかし、口の中でとろけていくその硬くて大味なチョコレートを、アカギは心の底から『うまい』と思った。
 甘いものは苦手なはずなのに、いったいなぜ、そう思ったのかはわからない。
 でも、とにかく、こんなに美味なものを食べたのは久方ぶりのような気さえして、アカギはもぐもぐと口を動かしながら、感心したように呟いた。

「うまい」
「……はぁ?」
「カイジさんって、料理上手だね」

 しみじみとそう断言すると、カイジの太い眉がこれでもかというほど顰められる。

「お前、味覚おかしいんじゃねえの」

 ため息混じりの、呆れた声。
 思惑が外れて苛立っているような、衒いのないアカギの言動を不気味がっているような、複雑そうなその表情が、ますますチョコを美味にしていく気がして、アカギはクスリと笑うと、声を低くしてカイジに言った。

「……どんな味がするか、気にならない?」

 含みのある言い回しで、アカギはカイジを誘う。
 すると、カイジはちょっとだけ固まって、ふたりの他に誰もいるはずのない教室の中をキョロキョロと見渡したあと、照れ隠しのつもりなのか唇をへの字に曲げ、ぎこちなくアカギの方へと体を傾けた。




「……やっぱりお前、味覚イかれてるって」

 自分が作ったチョコレートの味を確認したカイジは、右手の甲で唇を覆い隠すようにしながら、ぶっきらぼうに吐き捨てる。
 ほんのりと赤く色付いたその頬が、チョコレートよりさらにうまそうに見えて、アカギは「そうかな?」と返事をしながら、まっすぐそこへと手を伸ばしたのだった。









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