同じ



 温度調節ハンドルを下側に回し、水栓を捻る。
 シャワーノズルから勢いよく放たれるのは、生ぬるい水。昼間、灼熱の太陽で熱せられた名残が、日付が変わって数時間経った今でも残っている、そんな温度の水だ。
 アカギはこの、だらしないような中途半端な生ぬるさをあまり好んではいない。身を切るように冷えきった水を浴びるのには慣れているし、暑さの厳しいこの季節は、むしろ冷水の方が身も心も引き締まるくらいだ。

 古びた水温調節ハンドルはその役割をまったく果たさず、いつまで経っても水温は下がらない。
 諦めて、アカギは生ぬるいシャワーに身を潜らせた。
 汗のぬるつきや、乾ききっていない体液のぬめりが、勢いよく洗い流されていく。
 火照って熱をもった体もそれなりにクールダウンされていくが、やはり物足りなさを感じ、アカギは舌打ちする。

 青いシャンプーボトルを手に取り、とろりとした液体を手のひらに垂らす。髪につけて泡立てると、メントールの涼やかな香りが広がった。
 アカギの髪は猫の毛のように細く滑らかで、すぐに細かな泡がたくさん立つ。あっという間に洗い終え、シャワーで泡を流して固形石鹸を手にする。

 昔ながらの、味も素っ気もないような、安っぽい石鹸の香り。
 この香りもシャンプーの爽やかな香りも、アカギにはひどく馴染みのある香りだ。この家にーー恋人のもとにやって来たのだと、再認識させるような香り。
 手早く全身を洗うと、アカギは浴室を出た。



 タオルで体を拭い、裸のまま部屋に戻る。
 居間の灯りは消え、しんと静まり返っていた。
 アカギがまっすぐベッドへと向かうと、家主兼恋人であるカイジが、大の字になってカーカー眠っていた。

 行為のあと疲れ果てた様子だったので、先にシャワーを浴びさせ、ベッドへ戻らせたのだ。
 筋張った体を無理やり壁側へと転がし、アカギは狭いスペースに体を横たえる。

 カイジの寝汗で、シーツはうっすらと湿っていた。
 寝苦しい夜だ。全身汗みずくになりながら、不快そうに眉根を寄せているカイジの顔を眺めたあと、アカギも仰向けで目を閉じた。

 が。
 べちゃり。
 熱く湿った感触がいきなり体にくっついてきて、アカギは一度閉じた瞼をすぐに開けることになった。

 隣を見ると、間近に迫った恋人の寝顔。
 肩のあたりに回された腕と、するすると絡みついてくる足。
 抱きつかれている。汗だくの体で。
 体温の高いカイジの体から、沸騰しそうな熱がアカギの肌へなだれ込んでくる。

 カイジは、寝苦しそうだったさっきまでとは打って変わって、ホッと安らいだような寝顔を晒していた。
 覚醒しているわけではなさそうだから、アカギに抱きついているという自覚もないのだろう。

 アカギは、昼間に見たある光景を思い出していた。
 フローリングの床に寝転がり、日がな一日、飽きもせず暑い暑いと文句を垂れ続けていたカイジ。
 自分の寝ていた床が体温で温もったら、ゴロリと寝返りをうって寝床を移す。
 垂れ流されているニュースが、ちょうど動物園のパンダの様子を映し出していて、暑さで溶け出すようにだらんと項垂れているその姿が、カイジの弛緩しきった寝姿と完全に一致していた。


 その昼間の、寝返りをうった直後のカイジの表情が、今のカイジの安らかな寝顔と重なるのである。
 つまり、今アカギは、カイジに『冷えた床』扱いされているということだ。
 水温の低いシャワーを浴びたあとのアカギの体はカイジにとって、この熱帯夜で見つけたオアシスだったのだろうが、真昼の床同然に認識されているという事実は、アカギの眉間にくっきりとした皺を刻ませた。

 苛立ちのまま、無理やり体を引き剥がそうとすると、カイジは唸りながらより強くしがみついてくる。
 それから、ふとなにかに気がついたみたいに、アカギの首筋に顔を埋めてきた。
「……同じにおいだ……オレと……」
 眠ったままくんくんとアカギの首筋を嗅ぎ、ふうと息をついて笑うカイジ。
 普段は見られない赤ん坊のようなふにゃりとした笑顔に、アカギの眉があがる。

 密着したカイジの髪や体から、熱を帯びて立ちのぼる香り。
 涼やかなメントールと、昔ながらのせっけんの香り。
 今は、カイジの言うとおり、アカギ自身の体も同じ香りに包まれている。

 アカギの中で、なにかがプツンと音をたてて切れた。
 なにも知らずに眠るカイジの鼻をギュッと摘み、半開きで寝息を吐き出す唇に、己の唇をぴったりと被せ合わせる。
「……、っ、ふ、んぐぅっ……!?」
 ものの十秒足らずで、アカギに絡みついているでかい図体が、ジタバタと暴れはじめた。
 寝ぼけ眼を白黒させながらようやく目覚めた恋人に、アカギは無言で覆い被さる。
 そして、今度はアカギ自ら、体と舌を熱く絡ませ、カイジもろとも湿ったベッドに沈みこんでいくのだった。





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